
恋愛してはいけない身なのに……モーツァルト《フィガロの結婚》の「美しい思い出はどこへ」を処方!

読者から寄せられた恋愛のお悩みを、メゾソプラノの鳥木弥生さんが歌曲をもとにスパッと解決する連載。 鳥木さんがお悩みに効く歌曲を処方します。
第16回は、恋愛をしてはいけない身分なのに、仕事で素敵な男性と知り合って以来、結婚生活の不満が目につくようになったというお悩み! モーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》より「美しい思い出はどこへ」が処方されました。
※本記事はポッドキャスト番組『ONTOMO Radio』で語られた内容を再構成しています。

武蔵野音楽大学卒業後、ロシア、セルヴィアなど東欧各地におけるリサイタルで活動を開始。第1回E.オブラスツォワ国際コンクールに入賞し、マリインスキー歌劇場において、G....
結婚して十数年。夫との生活に、ずっと小さな不満があります。
話を聞いてくれない。私のことを女として見ていない。休日は家でゴロゴロしているだけ。何を言っても「はいはい」と聞き流される。……書き出したら、いくらでも出てきます。でも、結婚生活なんてこんなものだと思って、今までは我慢してきました。
ところが最近、仕事である男性と知り合いました。私の話をちゃんと聞いてくれて、髪型を変えたことにも気づいてくれる。それだけのことなのに、久しぶりに「私って女だったんだ」と思いました。
それ以来、夫の嫌なところが猛烈に目につくようになりました。脱いだ靴下にも腹が立つし、スマホばかり見ている姿を見ると「私はこんな男とあと何十年も一緒にいるの?」と腹が立って仕方ありません。
昔の私は、好きな人ができると一直線になる「恋愛体質」でした。結婚してからすっかり大人しくなったつもりでしたが、どうやら眠っていただけだったようです。
このままでは夫に「もう我慢できない!」と爆発してしまいそうです。でも、夫はいい父親ではあるので、離婚する決心もまだつきません。私はいったいどうすればいいのでしょうか?
処方された歌曲
モーツァルト:《フィガロの結婚》より「美しい思い出はどこへ」
甘やかさや 悦びの
美しい思い出はどこへ
いったいどこへ行ってしまったの
あの嘘つきな唇の誓いは
涙と痛みの中 全てが変わったのに
幸せな記憶は なぜ
私の胸から消えてはくれないの?
ああ せめて
愛し続け 苦しみ続ける
私の一途な愛が
いつか変えてくれますように
あの恩知らずの心を!
幸せだった記憶は苦しみなのか?
鳥木 前回に続いて、今回は歌曲ではなくオペラ・アリアを処方したいと思います。連載「歌曲で解決! 恋愛お悩み相談室」では、オペラ・アリアはシチュエーションがかなりはっきりしていて限定的なので、歌曲を処方しています。でも今回は、まさにこの状況ということで、モーツァルト《フィガロの結婚》から、伯爵夫人のアリア「美しい思い出はどこへ?」を。
——とても美しい歌詞ですが、最後に「あの恩知らずの心を」とくるのですね。
鳥木 そうなんです。音楽だけ聴くと、ものすごく美しくて切ないんですけど、歌詞を知ると、ところどころに相手への悪口が入っている(笑)。
それに、「幸せな記憶は、なぜ私の胸から消えてはくれないの?」と言っているけれど、私は、単純に忘れたいわけではないと思うんです。
《フィガロの結婚》は、その前の《セビリアの理髪師》で恋が成就して、幸せになったはずの人たちの、その後の物語ですよね。だからこそ、伯爵夫人にとって、その幸せだった記憶は苦しみであると同時に、今を生きるためのよすがにもなっているんじゃないでしょうか。
——今回のお悩みの方も、夫への不満がどんどん目につくようになっています。
鳥木 そうですね。でも、だからといって、すぐに新しい男性と恋愛すればいい、ということでもないと思います。
仕事で出会った男性が話をちゃんと聞いてくれたり、髪型の変化に気づいてくれたりするのも、仕事相手だからという可能性がありますよね。髪型については、仕事相手がそこまで踏み込んでくるのは、今の時代だと私はあまりおすすめしたくないです。
ただ、夫と比較すると魅力的に感じてしまったことで、「自分は恋愛体質だったんだ」と気づいたわけです。
よりどころを一つにしない
鳥木 私は、この「恋愛体質」というのも、ちょっと考えてみてほしいと思うんです。
前回も言いましたけど、これは恋愛そのものというより、「恋愛文化」の話でもあると思うんですよ。「髪型を褒めてほしい」「話を聞いてほしい」というのも、恋愛ではこうするもの、という文化の一つですよね。
だから、それが本当に自分に必要なのか、それとも「恋愛ならこうしてくれるべき」と思っているだけなのかを考えてみる。
恋愛してはいけない身の人なんていないと思うんです。好きになってはいけない、ということもない。でも、結婚している以上、恋愛とは別に考えなくてはいけないこともあります。
——では、この方はどうすればいいのでしょうか。
鳥木 まずは夫との対話じゃないでしょうか。この方が、夫にどこまで自分の不満や気持ちを伝えているのかわからないので。
それから、仕事で出会った男性とも、いきなり恋愛関係になるのではなく、まずは友達として仲良くなればいいのでは?
——男女の友情もある、と。
鳥木 あります。人間関係って、全部が恋愛になるわけじゃないですから。
この男性とは友情関係を結んで、夫とも夫なりの関係をもう一度考える。そして、女性の友達とも仲良くする。そうやって、自分の「よりどころ」をいくつも作るのがいいんじゃないでしょうか。

鳥木 夫だけ、恋愛だけ、友達だけ、仕事だけ……と、一つのものに全部を求めないほうがいいと思うんです。
それぞれの人間関係に、それぞれの役割があっていい。今回の相談者の方も、新しく出会った男性が話を聞いてくれたからといって、その人に「自分のことをわかってくれる人」という役割を全部背負わせなくてもいいと思います。
夫婦でも同じで、「この人はここが嫌。でも、こういうところではすごくやってくれている」というふうに、両方を見ることが大事なんじゃないでしょうか。もちろん、靴下が落ちていたらイラッとすることはありますよ(笑)。でも、その人が自分にしてくれていることも、きっとあるはずなんですよね。
——不満があることは傍に置いておいて、よいところを思い出してみると。
鳥木 そうですね。イラッとしてもいいんじゃないですか。長く一緒にいれば、どうしたってそういうことはありますから。ただ、そのイライラだけで相手の全部を判断しないことですよね。
靴下を上回る「いい思い出」を
鳥木 それと、私は「いい思い出を作る」というのがすごく大事だと思っています。
楽しかった思い出って、あとから思い出すと幸せじゃないですか。だから夫婦でも、一緒に楽しいことをして、いい思い出をたくさん作る。靴下がそこらじゅうに落ちているなら、靴下の量を上回るくらい楽しい思い出を作ればいい(笑)。
二人でどこかに行ったり、何か面白いことをしたり。たとえば私だったら、カピバラを見に行くとか。
——今、鳥木さんが見たいだけですよね(笑)。
鳥木 そうです(笑)。でも、そういうのでいいんですよ。二人で楽しい思い出を作っておく。「いっぱい思い出作ろうね」って、若い男女が言う言葉みたいに聞こえるかもしれないけど、すごく大事なことだと思います。高齢になったときに、「あのとき楽しかったね」って一緒に思い出せることって、他の人とは共有できないものですから。
——そう考えると、「美しい思い出はどこへ?」というアリアの意味も、少し違って聴こえてきますね。
鳥木 そうですね。私は、このアリアも、ただ「忘れたい」という歌ではないと思うんです。
幸せだった記憶があるからこそ、今もその人を思ってしまう。だったら、いい思い出はちゃんと残しておいたほうがいい。
相談者の方にも、今からでもいい思い出を作ってほしいですね。「美しい思い出はどこへ?」と思ったときに、「ちゃんとここにある」と思えるように。

自分の居場所は多いほうがいい
鳥木 そして、恋愛や結婚以外にも、自分の居場所を持っておくことも大事だと思います。
私は音楽も同じだと思っていて、音楽だけが人生ではないんですよね。私はもともとクラシックだけが好きだったわけではなくて、いろいろな音楽を聴くし、読書も映画も好きです。
少女漫画で育った世代なので、バレエ漫画なら24時間バレエのことしか考えていない、ピアノ漫画ならずっとピアノのことだけを考えている、という人たちをたくさん見てきました。でも、現実の人生って、そんなふうに一つのことだけでできているものではないと思うんです。
私自身、歌うことは得意だから歌っていますけど、歌うことが一番好きなわけでもない。むしろ書くことのほうが好きなんです。
——今回のお悩みも、「夫と別れるか、新しい男性と恋愛するか」という二択にしなくていいんですね。
鳥木 好きになること自体は悪いことではないし、「好きになってはいけない人」なんて、私はいないと思います。でも、その気持ちが出てきたからといって、すぐに何かを決断しなくてもいい。
まずは自分が何を求めているのかを考えて、夫とも話をする。新しい男性とは、まず友達として付き合ってみる。そして、恋愛や結婚以外にも、自分が楽しいと思えることを持つ。
そうやって、一つのところに全部を預けないこと。そして、楽しい思い出をたくさん作る。そうすると、今は嫌なところばかり目につく夫婦関係も、少し違って見えてくるかもしれません。
——「美しい思い出はどこへ?」と嘆くくらいなら、「これから作ればいい」。
鳥木 そうです、なかったのならこれから作ればいいんです!
日時: 2026年11月6日(金)
会場: 武蔵野スイングホール スイングホール
出演: 金子あい(語り)、鳥木弥生(メゾソプラノ)、西島麻子(ピアノ)
プログラム:
第一部
メリメの小説×ビゼーのオペラ《カルメン》
「自由に生きて、自由に死ぬ?」
舞台俳優・金子あい、オペラ歌手・鳥木弥生が言葉と歌で創り出す、新しいカルメンの姿!
第二部
クロストーク 金子あい×鳥木弥生×西島麻子×???
「私たちは自由に生きているのか?」
ポップに知る、アーティストたちのリアルな姿!
詳しくはこちら
日時: 2026年12月20日(日)
会場: 熊谷文化創造館さくらめいと太陽のホール
出演: 辻博之(指揮・演出)、岸七美子(蝶々夫人)、原田勇雅(シャープレス)、鳥木弥生(スズキ)、小林瑞花(ケート)、高橋洋介(神官・ヤマドリ)
日時: GREEN×EXPO 2027 会期中(2027年3月19日(金)~9月26日(日))
※公演日程は調整中のため、決定次第、公表
会場: GREEN×EXPO 2027 会場内(主催事場(仮称))
出演: 天翔愛、秋野祐香、牧浦乙葵、笠井日向、鳥木弥生、竹中直人、ほか
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