インタビュー
2022.02.08
楽器探索シリーズ#4

フィンランドの民族楽器、カンテレを体験! あらひろこさんに聞くカンテレの魅力

楽器探索シリーズ第4弾は、第2弾で体験したニッケルハルパの故郷・スウェーデンのお隣、フィンランドのカンテレです。フィンランドの神話である『カレワラ』の中にも登場し、国民の象徴ともされる楽器です。豊かな自然にはぐくまれたこの楽器は、どのような音がするのでしょうか? 日本を代表するカンテレ奏者、あらひろこさんに教えてもらいました。

お話を聞いた人
野崎洋子
お話を聞いた人
野崎洋子 音楽プロデューサー

1966年千葉県生まれ。日本大学文理学部出身。 メーカー勤務を経て96年よりケルト圏や北欧の伝統音楽を紹介する個人事務所THE MUSIC PLANTを設立。 コンサ...

レッスンを受けた人
ONTOMO編集部
レッスンを受けた人
ONTOMO編集部

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

撮影:編集部

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透明感のある美しい響きの楽器、カンテレ

楽器探索シリーズ第4回。今回は北欧フィンランドの民族楽器カンテレをご紹介します。

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カンテレは、フィンランドでは民族叙事詩『カレワラ』にも登場する国民的な楽器。似たような形状の弦楽器はエストニアやリトアニア、ラトヴィアなどバルト海の周辺国に存在していますが、特にフィンランドのカンテレによる透明感のある美しい響きはとても印象的です。日本の琴にもちょっと似ていて、フィンランドのカンテレ奏者が、琴を習いに東京藝術大学の邦楽科に留学するケースもあるのだとか。北海道を中心に、日本でもプレイヤー人口は年々増えつつあります。

また、カンテレは2015年日本のアニメーション映画『ガールズ&パンツァー劇場版』にも登場し話題となりましたが、まさにその映画の劇中でカンテレの演奏を担当し、90年代からこの楽器の演奏家として活躍されているあらひろこさんにお話をうかがいました。

五弦カンテレ。調弦は、低音からレ(D)、ミ(E)、ファ(F)またはファ#(Fis)、ソ(G)、ラ(A)。

北海道フィンランド協会で、カンテレと出会う

野崎 最初にフィランドに興味を持たれたきっかけはどんなものだったのでしょうか? 

あら たまたま北海道フィンランド協会に、仕事をしないかと誘われて入ったんです。この団体は、「北の暮らし」をより良いものにするために、フィンランドを参考にしつつ学んでいる団体です。単純にフィンランドを好きな人たちが集まっている任意団体で、そこで私は職員として働いていました。

あら ちょうど私がフィンランド協会に入ったとき、協会主催でカンテレ奏者をフィンランドから呼んでコンサートをしようということになりました。当時はまだシベリウス・アカデミーの学生だったミンナ・ラスキネン(Minna Raskinen)という方をお呼びしましたが、すごくポジティブで、伝統音楽を紹介することに前向きな人でした。彼女のコンサートで初めてカンテレに出会ったのです。

そのあと、5弦カンテレを自分でも弾いてみたり、カンテレの同好会を作り活動するうちに、フィンランド協会から「向こうに行って習ってきたらいいんじゃない?」とお誘いがあり、フィンランドに1ヶ月間行くことにしました。それが1994年になります。

野崎 まだ北欧の伝統音楽があまり注目されていなかった時期ですよね。フィンランドを代表する伝統音楽グループ「ヴァルティナ(Värttinä)」の初来日よりも早い。

ヴァルティナのSpotify プレイリスト

あら すでにワールドミュージック・ブームみたいなものは80年代後期からありましたけどね。フィンランドに行ったのが真冬の2月だったのですが、民族音楽研究所(Kansanmusiikki-instituutti)に通いました。当時の所長さんが有名なカンテレ奏者で研究家でもあるハンヌ・サハ(Hannu Saha)で、私は彼に直接個人レッスンをしてもらうことができたんです。すごく贅沢な時間でした。

ハンヌ・サハの演奏

私は5弦カンテレは弾いたことがあったけれど本当に初心者で、それより大きなカンテレには触ったこともなかったのですが、先生はどんどん教えてくださってとても勉強になりました。ハンヌ・サハの演奏はものすごくかっこよくて、こんなに自由に弾けるんだと、とても感動したのを覚えています。

大きなサイズのコンサート・カンテレの場合は、メロディだけは習うのですが、あとは演奏者が好きなように伴奏をつけていいんですね。自由に弾いていいというその感じがものすごく居心地が良く感じました。フィンランドは景色も素晴らしいし、先生をはじめ皆さんにとても親切にしていただいて、その印象が素晴らしすぎて、フィンランドに深入りしてしまいました。

コンサート・カンテレ。左側の板は、弦の音を止めるストッパーになっている。音程を半音ずつ上下させるレバーも付属。

カンテレは、自由に弾いていい

野崎 あらさんは、ご自身の演奏のほかにも、後進の方達への指導を熱心に続けられていますが、やはりそういった現地での体験がもとになっているのでしょうか。

あら おっしゃる通りです。「自由に弾いていいよ」って感覚が本当に嬉しかった。自由に弾くのは、こんなに楽しいんだ! という気持ちを、楽器を習う皆さんに感じていただきたいと思っています。カンテレのことをもっと多くの人に知ってほしくて、北海道ではカンテレキャンプというイベントを主催しました。そうやって参加してくれる方がどんどん増えていきました。

カンテレキャンプの様子。講師は、センニ・エスケリネン。

野崎 北海道から毎年フィンランドに習いに行く方も多いと聞いています。普通に仕事をしていたら長い休みを取るのは、本当に大変だと思うのですが、その分皆さん本当に楽しそうに活動してらして羨ましいです。カンテレを始められるきっかけは、どのようなものが多いのでしょうか。

あら 実際の演奏を見て自分もやってみたいと思う方は多いようですが、フィンランドが好きで興味を持ったという人も多いですよ。あとは、たまたま音楽教室の案内があって、いろいろな楽器が並んでいる中で、見かけがシンプルなカンテレを選んでくださる方も。これならできるかも……と思ってくださるのかもしれません。

野崎 一方で、コンサート・カンテレは移動が本当に大変ですよね。

あら 本体が10数キログラム。そしてテーブル。家具を運んでるってよく笑われます。一方で小さい5弦カンテレなどは本当に手軽ですけれど。

コンサート・カンテレを演奏するあらさん

野崎 楽譜は使用するのですか?

あら 伝統曲を弾くときにはあまり使いません。耳で覚えたものを弾くという感覚です。でも、覚えたものを忘れないためのサポートとして楽譜は便利だとは思います。逆に楽譜を読めない方も多くて、最初は弦に番号を振って楽譜のようにし、だんだん慣れてくると楽譜も読めるようになる、ということもあります。そういう多様なところが面白いですね。

野崎 楽譜を読めなくても入っていける、ということですね。素晴らしい! あとカンテレ奏者って、日本でも海外でも女性が多い気がするのですが、なぜでしょうか。

あら それは私もわからないです。昔は男の人が多かったですけどね。クレータ・ハーパサロKreeta Haapasaloっていう人が、女性で初めてプロのカンテレ奏者になったと言われているのですが、彼女以降、女性でもたくさんのスタープレイヤーが出てきたので、その影響はあると思います。

クレータ・ハーパサロのトップトラック

あら でも、そういった背景を知らない子どもたちに教えたとしても、カンテレに集まってくるのは女の子が多いですね。

楽器の形がフィンランドらしいですよね。フィンランド、エストニア、ラトビア……バルト海全域にこういう楽器はあって、いろんな形があります。コンサート・カンテレは、フィンランド独自のものです。

カンテレと神話との関係性

野崎 楽器のメンテナンスで気をつけていることはありますか?

あら 弦はピアノの弦と同じ材質らしいのですが、フィンランドからカンテレ用のものを取り寄せています。弦が切れるということはあまりないのですが、古くなればやはり変えたほうがいいですね。演奏中に切れるというのも、本当にたまにですが、時々あるらしいです。

それと、日本においては湿度が問題ですね。音が鳴りにくくなる時があります。木のペグ(糸巻)のカンテレもあるのですが、そのペグが湿度で動きにくくなることがあります。木のペグを使っているカンテレは古いカンテレの音を再現しているということで、馬の尻尾を捻って弦にしていたりするんですよ。

カンテレは、賢者ヴァイナモイネンが巨大な魚(かます)の骨から作ったという言い伝えがあって、フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』にも登場しています。船が賢者にしか釣り上げることができない大きな魚の上に乗り上げてしまい、その魚を切り裂き、顎の骨を楽器にし、それがカンテレになったというストーリーで、その美しい音色にあらゆる人々や森中の生物が涙したと言われています。そのあと、戦いの最中にヴァイナモイネンは楽器をなくしてしまうのですが、今度は「みんなが自分を大切にしてくれない」と泣いている白樺の木に出会います。そこでヴァイナモイネンが「お前に音楽と喜びを与えよう」と言って、白樺の木と、乙女の髪の毛と、カッコウがさえずるときにくちばしからしたたり落ちる金と銀でカンテレを作ったというストーリーになっています。

あらさんの楽器ケースは、神話にちなみ魚型。

カレワラの伝承詩が伝わっているのは、主にフィンランドの東のほうです。独立するとき、スウェーデン語を話さない地域、ロシア語を話さない地域、そして同じ民話を共有している場所が合わさってフィンランドが一つになるんです。それと同時に、物語に登場するカンテレが、フィランドのシンボルとなっていきました。

野崎 まさにフィンランド人の心の故郷と呼ぶべき楽器なんですね。練習を続ける秘訣みたいなのはありますか?

あら いろいろ弾いてみたらいいと思います。即興の伝統もあるので、メロディは古い旋律や、とても短い旋律を変化させながら歌っていくのですが、それにあわせてカンテレの演奏もちょっとずつ変えながら弾いたり……。即興をしやすい楽器だとは思います。あとは、音が小さいからお家で練習するのにもいいですよ。

野崎 室内で小さな音で楽しむ文化なのかしら。

あら そうですね。ただ、フィンランドは、比較的小さな声で話す文化があるので、現地だと、カンテレの音って、たとえば歌の伴奏としても小さくない音量に感じるんです。

野崎 なるほど! 

あら フィンランドの伝統音楽の演奏家の方は、本当に皆さんとても謙虚で、素晴らしいです。私が演奏すると、皆さん、すごく褒めてくれます。私もそれにすごく励まされて続けられているんですよ。

編集部が体験したレッスン動画。

取材でお邪魔したお店
レソノサウンド

今回の取材やレッスンで、北欧音楽が楽しめるスタジオ、レソノサウンドさんを使用させていただきました。

北欧楽器のレンタルやレッスン、ワークショップのほか、北欧の小物やグッツも並んでいます。

住所:〒170-0002 東京都豊島区巣鴨1-3-3 

JR巣鴨駅から徒歩3分

営業時間:9時~21時

Tel : 03-3945-5108

各楽器のワークショップやレッスンも開講中。

詳しくはこちら

店内には北欧関連のCDやグッツが並ぶ。
受付も木目調で、やすらぎを感じる店内。
受付付近には、ミニチュアサイズのスウェーデン国旗も。
壁にはニッケルハルパやフィドル、ハーディングフェーレなどの弦楽器がぶら下がっている。
レソノサウンドで行われるコンサート情報
早春の北欧コンサート  ~ニッケルハルパ、アイリッシュハープ、フォークリコーダーの調べ~

出演
トリタニタツシ(ニッケルハルパ、コントラバスハルパ)
田中麻里(アイリッシュハープ、ゴシックハープ)
織田優子(フォークリコーダー)

曲目:スウェーデン舞曲、スウェーデン伝承曲、アイルランド・スコットランド伝承曲、オリジナル曲

日程:2022年2月13日(日)14:00開演

料金:3000円(税込)

予約・問い合わせ
名前と連絡先を明記の上、
03-3945-5108
info@resono-sound.com
まで

詳しくはこちら

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野崎洋子
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野崎洋子 音楽プロデューサー

1966年千葉県生まれ。日本大学文理学部出身。 メーカー勤務を経て96年よりケルト圏や北欧の伝統音楽を紹介する個人事務所THE MUSIC PLANTを設立。 コンサ...

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