インタビュー
2023.10.22
圧巻パフォーマンスの源 第5回 ノ・ミヌ前編

ノ・ミヌのパフォーマンスの源とは? 音楽のバックグラウンドやデビュー当時について語る

歌、ダンス、演奏……超人的な圧巻のパフォーマンスで我々を魅了してくれるステージ上のアーティストたち。類い稀な才能のみならず、そこには裏打ちされた確かな技術と並々ならぬ努力がある。本連載では、そんな彼らのパフォーマンスの源を探っていく。
今回のゲストは、日本にゆかりのある人気俳優ノ・ミヌさん。ロック・バンド<TRAX>出身で、現在はソロアーティスト「MINUE(ミヌ)」としても活動中。昨年はミュージカル初出演ながら、人気作品『エリザベート』でトート役を務め、話題を呼んだ。作詞作曲も自ら行なう多彩な彼のパフォーマンスの源とは?

取材・文
鈴木啓子
取材・文
鈴木啓子 編集者・ライター

大学卒業後、(株)ベネッセコーポレーションに入社。その後、女性誌、航空専門誌、クラシック・バレエ専門誌などの編集者を経て、フリーに。現在は、音楽、舞踊、フィギュアスケ...

撮影:松谷靖之
ヘアメイク:RIEKO TANAKA

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1986年5月29日生まれ、韓国出身。本名・ノ・ミヌ(No Min Woo)。2004年7月、ロック・バンド「The TRAX」として韓国でデビュー。同年12月、X JAPANのリーダーYOSHIKIのプロデュースにより日本デビューを果たす。Rose(ローズ)の名でドラム、ギターを担当。2006年にTRAXを脱退、以降、俳優、モデル、タレントとして幅広く活躍。日本でも人気の韓国ドラマ『僕の彼女は九尾狐<クミホ>』では重要な役を演じ、話題となる。『ロックROCK楽』や『私の残念な彼氏』で主演を務めたほか、『パスタ』、『フルハウスTAKE2』、『検法男女シーズン2』など次々と話題作に出演し、俳優としての地位を確立。2022年、ミュージカル初出演にして、『エリザベート』でトート役を演じ、好評を博した。
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物心ついたころから音楽は身近にあった

——ノ・ミヌさんといえば、日本で人気の韓国ドラマ『僕の彼女は九尾狐<クミホ>』や『私の残念な彼氏』などに出演し、日本でも名の知られる俳優のひとりです。また、俳優以外にも、ミュージシャン、モデル、タレントと幅広く活躍されています。どのような経緯でデビューされたのでしょうか?

ノ・ミヌ 幼い頃は、ずっとクラシックの作曲家になるのが夢でした。母が歌手だったので(日本でも活動していた演歌歌手、オ・ミンジョン(呉敏延)さん)、物心ついたころからずっと音楽が身近にありましたし、7歳から習っていたピアノもすごく楽しくて、いつしか作曲家になりたいと思うようになりました。ピアノと並行してクラシックの作曲の勉強も始めて、バッハやベートーヴェン、ドビュッシーなど、名の知られた作曲家の楽曲はほとんど聴いていましたね。

ところが、小学5年生のとき、韓国や日本の人気アイドルグループが歌やダンスをする姿をテレビで見て、それがとてもかっこよくて、母に「ピアノをやめて、テレビに出るようなアイドルになりたい!」と言ったんです(笑)。母はこの世界の厳しさを知っているので、音楽の道に進むのであれば、作曲家か演奏家になってほしかったようで、突然、X JAPANやDeep Purple(ディープ・パープル)、Guns N’ Roses(ガンズ・アンド・ローゼス)などのロック・バンドのビデオをプレゼントしてくれまして……。それがきっかけでロックに魅了され、バンドをやりたいと思うようになりました。

ノ・ミヌ なかでも、X JAPANのYOSHIKIさんがオーケストラと一緒に演奏されているのを見て、クラシックとロックの融合がすごくかっこよくて、いつかこういう活動をしたいと思ったんです。それで、ピアノや作曲の勉強に加えてギターも習い始めました。

それから中学に入学してすぐにバンドを組んで、2年生のときにソウルのバンドの大会に出場したら、運よく金賞を獲ることができて。そのとき会場に見に来ていたSMエンターテインメントからスカウトされて、この世界に入りました。

憧れのYOSHIKIプロデュースでデビュー

——その後、SMエンターテインメントからバンド「TRAX(トラックス)」としてデビューすることになるわけですが、いきなり憧れのYOSHIKIさんがプロデューサーを務められると聞いたとき、どのような気持ちでしたか?

ノ・ミヌ YOSHIKIさんはもっとも憧れている、本当に大好きなアーティストなので、すごくラッキーなことだと思いました。よく、「ひょっとして夢を見ているんじゃないか!?」と言いますけど、本当に夢を見ているようでした。これは現実なのか!? と。さらに、YOSHIKIさんのL.A.のスタジオでレコーディングを行なうと聞いて、当時高校1年生だったんですけど、「人生って、こんなに思い通りに、いい感じに進んでいくものなんだな」と舞い上がってしまって。でも、そのあとすぐにそんなに現実は甘くないと思い知るのですが……(笑)。

——何があったのでしょうか?

ノ・ミヌ 初めてスタジオに入ったときに、YOSHIKIさんが外にいらして、音のエンジニアリング(音とそのバランスを整えること)してくださったのですが、YOSHIKIさんの姿を見ただけで緊張してしまって……。準備が整ったタイミングで、「はい、スタート!」と言われたのですが、僕はそのときドラムを担当して、自分でも驚くほど体が動かなくて、演奏がまったくできなくなってしまったんです。「なんでこんなに動けないんだろう?」と焦ってしまい、さらに焦れば焦るほど、どんどん動けなくなっていって……。それで、YOSHIKIさんが僕たちのところにきて、「このままだとレコーディングできないから練習しなさい」とおっしゃられて、そこから現地で猛特訓をしました。

YOSHIKIさんからは、クラシックやロックなどいろんなジャンルの曲を聴いておくといいよとか、演奏することも大事だけど、例えば1週間という期間を定めてその間に曲をたくさん作ったほうがいいとか、いろいろアドバイスをいただきました。バンド内では僕は曲作りを担当していたので、YOSHIKIさんからのアドバイスがすごく力になりましたね。

——レコーディングは無事に終えられたのですか?

ノ・ミヌ たしか1か月ぐらい滞在していて、最終的にぎりぎりレコーディングできるかどうかというレベルにまではなったのですが、結局、レコーディングをせずに帰国して、半年後に日本で行ないました。ライブと違って、レコーディングはもっと正確かつ繊細に演奏しないとダメだということをこのときに知りましたし、この当たり前だけれど大切なことをデビューして間もない頃に学べたのはよかったと今でも思っています。

ただ、いちばん尊敬しているYOSHIKIさんがプロデュースしてくださったのに、中途半端な状態でレコーディングに臨んでしまい、とても恥ずかしかったですし、ダメ出しされたことが本当にショックで……いろいろな意味で一生忘れられない思い出です。

——話を少し戻しますが、ドラムはどのように習得を?

ノ・ミヌ 独学です。なんとなく見様見真似で始めました。ギターは半年ぐらい習ったのですが、そのあとは同じく独学ですね。ピアノはなんだかんだ中学3年生の終わりまで続けました。

——歌がお上手なうえに、ピアノ、ギター、ドラムを演奏でき、さらに作詞作曲までできるなんて、まさに“オールラウンダー”ですね。

ノ・ミヌ ありがとうございます(笑)。まだまだ足りないところはたくさんありますが、今後さらにアーティスト活動にも力を入れていく予定なので、そのように言っていただけて嬉しいです。

後編では、現在されている活動について、詳しく伺っていきます。お楽しみに!

取材・文
鈴木啓子
取材・文
鈴木啓子 編集者・ライター

大学卒業後、(株)ベネッセコーポレーションに入社。その後、女性誌、航空専門誌、クラシック・バレエ専門誌などの編集者を経て、フリーに。現在は、音楽、舞踊、フィギュアスケ...

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