インタビュー
2026.05.30
短期連載

ピアニスト務川慧悟が語る ワインと音楽#2 ワインづくりから演奏をみる

ピアニストの務川慧悟さんが、ワインを知ることの奥深さ、そして音楽にも通じる点を3回にわたって語る連載。第2回は、「自然」と向き合うワインづくり、「芸術」と向き合う演奏を比較しながら、思索が紡ぎ出されていきます。

取材・文
船越清佳
取材・文
船越清佳 ピアニスト・音楽ライター

岡山市出身。京都市立堀川音楽高校卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。長年日本とヨーロッパで演奏活動を行ない、現在は「音楽の友」「ムジカノーヴァ」等に定期的に寄稿。多く...

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

ワインエキスパートのバッジを胸に光らせる務川慧悟さん

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ワイン製造家と演奏家が向き合う 絶対的な存在

――ラシック音楽とワインには、「歴史」と「文化遺産」という共通点があります。そして、演奏家には偉大な作曲家の意志、楽譜を尊重するという使命が、一方ワイン製造家はその年の気候や自然環境、畑の位置など、人力の及ばない部分と折り合いながら、いかに品質良く美味なワインを製造するかという課題があり、双方の仕事に個人の思惑を超えた絶対的な存在がある点も共通しているように思います。演奏家の立場から務川さんはどのようにお考えですか?

務川慧悟(以下M) 確かに、ワインは人がコントロールできない条件の中で製造されていると言えますが、音楽の場合はどうでしょうか……。

僕は常々、演奏家とは本当の意味で芸術家といえるのだろうかと思っているのです。演奏は、創造芸術ではありません。自分がクリエーターでない以上、やはりもっとも大切なのは「作品が語るメッセージ」です。演奏において、僕の個人的な思いは、極端に言えば一切重要でない。自己表現、自己主張をしたいのだったら、自分で作品を創ればいいし、それがいちばん早いと思うのですね。

素晴らしい作品を前にして、僕は「どんな風に弾こうか」などと迷う余地を感じたことがありません。楽譜をよく見ていれば、どのように解釈してどのように演奏するべきか、自然にわかってくる。これこそが作品の持つ力ではないでしょうか。

もちろん、楽譜に向き合っている過程で、「この曲はこういうメッセージを発するべきだから、このように弾こう」という気持ちは出てきますし、聴衆の方々に自分の頭にある理想像が伝わるかどうかを、いつも考えています。実際に音にしていく過程での試行錯誤と工夫が、“個性”となって滲み出ることもあるのかもしれませんが、自分にその意識はありません。

とあるワイン・ペアリング・コンサートの終演後に、務川さん自身もテイスティングを

「自然」と「芸術」に対する姿勢の共通点

M ワイン製造家の方々は、毎年変化するさまざまな状況に柔軟に向き合いながら、葡萄を栽培しています。同じ条件の年は二度となく、毎回がゼロから出発するような感覚。これは凄いことです。生きた芸術に対峙する演奏家も、同じ姿勢でいなければならないと思うのです。

内田光子さんは、たとえ同じプログラムで連日コンサートをするときも、翌日起床したらまっさらの精神で楽譜を見直すとおっしゃっています。子どもの頃の僕は、前もってすべてこう弾くと決めて、その通りに演奏することが本番だと思っていました。しかし、同じ曲を何度もコンサートで演奏するとしても、毎回ホールもピアノも聴衆も違います。その都度、新しい形を生み出すべきだし、またその方がずっと楽しいですね。そのために、こうも弾ける、こうも弾けるというほどに楽譜を深く読み込み、作品に込められた作曲家のメッセージを理解しようと努めています。

また、これは室内楽や伴奏にも当てはまります。良い共演者とは、実際のリハーサルで「ああ、彼はこう弾くのか、ならばこう応えよう」と音楽で自在に対話ができる人です。柔軟であることはとても大事で、それによって演奏家としての自分の器も広がるのだと思っています。

ロワール地方のワイナリーを訪問中の務川さん

ワインづくりと直感 演奏とインスピレーション

――以前ブルゴーニュのワイン製造家の方を取材したことがあるのですが、「自分が直感による行動だと思っていることは、実は長年の経験の蓄積がもたらす答え」というお言葉がとても印象に残っています。“インスピレーション”と“練習”の関係に似ているなと思いました。

M 僕も完全にそう考えています。僕はスピリチュアルな感覚を頼りにすることはまったくないのですが、本番でいちばん良い演奏ができることはよくありますね。

――練習とはある意味、自分の演奏を再現性のあるものにしていくことです。一方で、インスピレーションとは何か? どこからくるのでしょうか? 

M 僕は、音楽の構築に沿って響きのバランスを模索し、ホールの音響や楽器によってテンポやタッチのタイミングを変えるなど、音色にまつわるさまざまな物理現象的なことを、意識して行なっています。それが積み重なって、自分の中で無意識のものとなり、すべてが一つにつながる瞬間、それが“インスピレーション”だと僕は思うのです。

音楽的な理想像を実現するために練習をする、しかしいつもその順序だとは限りません。日々の練習が、インスピレーションを運んでくれることもあります。

たとえば、僕がショパンの作品を練習している。譜面に従って弾き、手や指が動きますね。何度も繰り返して“練習”しているうちに、その動作、いわば身体性の面から「ショパンはこのような表情を望んでいたのではないか」とひらめくこともあるのです。ショパン自身、音色だけをイメージして書いていたのではなく、音楽がピアニストと一体となる感覚をよく知っていたはずですから。

――そういえば、そのワイン製造家の方は、経験から気づいて行なっていたある醸造技術に、実は科学的な根拠があったと知り、それが仕事の正確さと品質を上げることにつながったのだとか。

パリの自宅での練習風景 ©船越清佳

技術は表現にとって不可欠なもの

M やはり技術は、表現の一部を成すものです。先日、初めてフォルテピアノでフルリサイタルをしたのですが、古楽器とモダン楽器の奏法はまったく違います。パリ国立高等音楽院の古楽器科に在籍していたときは、モダンピアノでの活動の合間に、モダン奏法を利用しながら古楽器を勉強していた感覚が多少なりともありました。

しかし、リサイタルに臨むにあたって、今一度基礎をやり直す心意気で、しばらくの間フォルテピアノの練習に徹底的に取り組み、手の動きに関する技術的なことを、音階の練習(モーツァルトの時代は、コインを手の甲に乗せ、落とさないように音階練習をしていたそうです)からすべてやり直したのですね。そうしたら、モダン楽器からは得られないテンポ感やルバート感などを初めて理解でき、やっと古楽器と仲良くなれた気がしたのです。技術は作品のメッセージを伝えるために不可欠だという良い例ですね。

しかし、メッセージは技術が完璧だから伝わるのではありません。目指すものを妥協なく追求するからこそ、結果として演奏が完璧になる。これが僕の理想です。

(連載第3回に続く)

取材・文
船越清佳
取材・文
船越清佳 ピアニスト・音楽ライター

岡山市出身。京都市立堀川音楽高校卒業後渡仏。リヨン国立高等音楽院卒。長年日本とヨーロッパで演奏活動を行ない、現在は「音楽の友」「ムジカノーヴァ」等に定期的に寄稿。多く...

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