オーケストラの音楽づくりのなかでリーダーシップを養う——Amasia International Philharmonicの挑戦
オーケストラの音楽づくりが目的ではなく、音楽を極めるプロセスのなかで、リーダーシップを学ぶという試みがある。今夏行なわれた4日間のサマーキャンプにライターの桒田萌さんが参加し、その取り組みをレポート!
1997年大阪生まれの編集者/ライター。 夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オ...
音楽をつくるプロセスに焦点を当てたプログラム
「音楽で社会に貢献する」という謳い文句はよく聞くが、そのための実践方法を具体的に提示することは、なかなか難しいものだ。演奏会で聴衆の心に残る演奏をする、音楽で人を癒す——世の中には、そんな目的意識を持って社会に貢献しようとする音楽のプロフェッショナルが多くいる。
しかし、音楽にできることは、それだけなのだろうか。
その答えを見つけるためのプログラムが、2019年夏、福井県の坂井市みくに未来ホールで行なわれた。
オーケストラという組織を通じて
集まったのは、13人のオーケストラ経験のある若者たち。ここでは、4日間、オーケストラのサマーキャンプが開催される。
目指すものは、「リハーサルを通して音楽を極める」「演奏を学ぶ」というものではない。
「音楽を極める」という目標に向かう道筋、ゴールに至るプロセスに着眼点があてられている。良い演奏のために、いかに目的意識を持って動くのか。クオリティを高めるために、音楽づくりに対していかに「自分ごと」にできるのか。チームにおける自分の役割を問い、音楽に還元する。そして、最終的には、オーケストラで培ったリーダーシップや自分の役割を、社会に貢献していく術とすることを目指すものだ。
学術×音楽 学びを通してディスカッション
そのために用意されたプログラムは、濃密だった。
まずは、オーケストラのキャンプであることを前提に、最終日のファイナルコンサートに向けて、毎日リハーサルが行なわれる。課題作品は、ベートーヴェンの交響曲第1番。合奏はもちろん、パート練習やセクション練習などを通して、音楽を作り上げていく。
そのほかに繰り広げられたのは、一見オーケストラのキャンプとは思えないようなプログラムの数々だった。
もっとも特徴的なのは、学術的にリーダーシップを学ぶ講義とワークショップ。
文化芸術プロデューサーの浦久俊彦さん、元文部科学副大臣の鈴木寛さん、指揮者の木許裕介さんによって、「オーケストラ」「社会」「指揮者」というキーワードを通じて、社会における音楽の役割や、リーダーのなすべきことなどが語られた。
そして、夜は仲間とその日の学びについて議論し合うリフレクション。
インプット、アウトプット、フィードバックの3つを軸に、学びのループを作り出すことが、キャンプの特徴だ。
オーケストラで養われるリーダーシップ
音楽を手段に社会に貢献するプログラムを主催したのは、一般社団法人Amasia International Philharmonic(アメイジア・インターナショナル・フィルハーモニック)だ。
彼らのミッションは、「オーケストラで養われるリーダーシップで社会に貢献する」こと。そして、「オーケストラからより多くの社会的リーダーを輩出する」ことをビジョンとして掲げ、2018年に設立された。このサマーキャンプは同法人のプログラムのひとつであり、第1回目の開催。一方で、Amasiaは2019年4月にモロッコ王国の国際音楽祭に招聘を受け、演奏者を現地に送るなど、国際的な活動にも注力している。
この代表理事を務めるのは、飯島智珠さん。彼女がオーケストラを通して実現したいことは、何なのか。彼女にとってリーダーシップとは。熱い想いを聞いた。
自身の原体験からプログラムを発想
桒田 飯島さんご自身、オーケストラの経験は?
飯島 大学ではオーケストラサークルに入っていて、ヴァイオリンを弾いていました。私は元々、4年生では留学をしようと決めていたんですが、ちょうど4年生になる前に、弦楽器責任者を任されてしまって。留学はいつでもできるけど、オーケストラでの役職は今しか経験できないと思い、引き受けました。
しかし、就任直後の弦分奏の時間が、今でも忘れられません。私が指示を出さないといけないのに、ヴァイオリン以外の楽器のことが分からない。十分なスコアリーディングを行なっていない。だけど、メンバーの皆は私の言葉を待っている。何もできない自分に、不甲斐なさを感じたんです。
そこで私が決めたことは、3つ。
作品のことも、楽器のことも、誰よりも勉強すること。そして、指揮者から受け身になることなく、「自分のしたい音楽」と言うビジョンを常に思い描くこと。そして、ビジョンに向かうために、メンバーに細かいことは言わず、どうすればそこに到達できるのか考えさせる。道筋は、自分たちで作ってもらうこと。
その結果、演奏会は大盛況。私はここで社会で生きる力を得たと思っていますし、Amasiaを立ち上げる原体験になりました。
サマーキャンプ参加者への願い
桒田 飯島さんはそこで自らのリーダーシップに養われたんですね。Amasiaのプログラムとして、8月にサマーキャンプが行なわれましたね。13人の参加者に、どんなものを提供したいと考えていたのでしょうか。
飯島 いつか「サマーキャンプに参加したから、今の自分がいるな」と思えるような、きっかけの場にしたいと思っていました。きれいな言葉で言うと、ライフ・チェンジングの場。
実際に開催してみると、参加者にとってかなりインパクトがある、記憶に残る場を作れたんじゃないかなと。
私たちがやりたいことは、「音楽の道に進んでほしい」「ビジネスリーダーになってほしい」などと決まった道に導くことではないんです。あくまでも参加者自身が自分と向き合って、「私はこれが好きだ」「やっぱりこっちの方が向いているかも」と自分を知ることの大切さを、4日間のキャンプを通じて考えてほしかったんです。
桒田 飯島さんにとって、サマーキャンプで印象的な場面はありましたか?
飯島 自分が想像していた以上に、ディスカッションやフィードバックを通じて、参加者ひとりひとりが内省していたこと。 日を追うごとに、「私は音楽についてこう思っている」「こうすることが、良い音楽づくりにつながる」などと、参加者が自分の言葉で話すようになってきたんです。きれいな言葉で終始するのではなく、「それは違うと思う」と本音も出てきた。
桒田 では、参加者にそうコミットメントさせるために、飯島さんたち運営陣はどのような仕掛けを行なったのでしょうか。
飯島 リハーサルを通して音楽を作り、リーダーシップを養う、という目的に向けて、常にみんなが現段階でどのフェーズにいるのかを想像しました。だからこそ、突発的にプログラム内容を変更したりもしました。
桒田 というと、具体的には?
飯島 例えば、2日目に「翻訳セッション」というものを行なったんですが、それも前日に急遽追加したプログラム。前日のリハーサルの学びを「翻訳」する、というディスカッションの場を作りました。
リハーサルって一般的に音楽的なことを学ぶ場ですよね。「ここの音が転んでいるから、落ち着いて」とか、指揮者が指示する。でも、やはりAmasiaのキャンプは音楽技術を高めることが主たる目的ではないので、「指揮者がこういった一言は、リーダーシップを養ううえでこう翻訳できるよね」と。
そうして、参加者が今いる位置に合わせて、「今こんな企画立てをすれば、学びに繋がるかも」と常に考え続けていました。
理想的なリーダー像
桒田 ちなみに、飯島さんが考える「良いリーダーシップ」とは何でしょうか。
飯島 Amasia=リーダーシップ、と言葉がひとり歩きしがちですが、私個人の考えとしては、その人自身が自然体であることだと思います。無理やり自分を作るとか、力で戦おうとするとか、地位を求めるとか、組織の先頭で仕切るとか、そういうことではない。自分が自然体でありのままに生きている、ということ。そもそも自分が自然体じゃないと、相手のことも受け入れられない。
そして、自分自身のビジョンを着実に達成していく強さをもつ人が、理想的なリーダーだと思います。オーケストラという組織の中で、メンバー全員が自然体でいること、それを共有し合うことで、良い音楽が生まれるのではないでしょうか。
国を超えた人材育成の場に音楽を
桒田 サマーキャンプを終えた今、飯島さん自身がAmasiaで実現したい夢、展望をお聞かせください。
飯島 言葉を選ばずにいうと、世界平和ですね。人々が自然体の状態で、社会に出ていく。その集合体がいちばんエネルギーのある状態だから、国を超えて、若者の育成に力を入れている団体とコラボレーションをして、議論する場を作ったりしてみたいんです。私たちの組織は、あくまでも人材育成を目的としているので。
とはいえ、やはりそのツールとして、やっぱり音楽は外せないですね。
今の世界の流れはデジタルで、生産性や効率が重視されがち。でも、結局は人間です。人としてのリーダーの価値、美しいもの、感情、といった簡単に測れないものが、より貴重になると思うんです。Amasiaはサマーキャンプもやっているし、ゆくゆくはオーケストラも作りたいと思っているので、そこから社会に貢献できる人材を育成・輩出して、グローバルに幅を広げていきたいです。
桒田 オーケストラを作る。それもやはり、良い音楽を作ることが目的ではないんですね。
飯島 そうですね。例えば、Amasiaのプログラムであるサマーキャンプを経験した人を条件する、とか。そこで議論した経験があるからこそ、オーケストラでも同じようにコミットメントできると思うんです。他にも、団体の運営はメンバーに任せてしまうのもアリだと思っています。仮に演奏会をするとしても、やっぱり音楽的技術の披露の場ではなく、「リーダーシップや人材育成に重点を置いたからこそ、こんな良い音楽が生まれた」という成果の場として。私の役割は、そういった場を作り、種を蒔くこと。そこに水をやるのは、Amasiaに集まった人々です。
私は、若い人にはもっと外に出て、世界や人に触れて、生で経験して欲しい。そして自分にしかない武器を見つけて、社会に貢献して欲しいんです。Amasiaは、そんな場所を提供していきたいと思います。
参加者の声
飯島さんの熱い思いが通じたのか、サマーキャンプの参加者の声は前向きなものであった。
「自分の所属するオーケストラ団体に戻り、キャンプで身についたスキルを活かして、メンバーに役割意識を持たせたい。そのために、今まで疑問に感じていた練習の方式の変更も徹底的に行ないたいです」(高校2年生・オーケストラ部コンサートミストレス)
「キャンプで出会った人とディスカッションを深め、人となりを理解することで、多様な価値観に触れることができた。私もいつか、音楽を通じて『場づくり』をしていきたい」(大学生・オーケストラ初経験者)
「今まで音楽団体でリーダーシップをとる場面が多かったが、このキャンプで『良いリーダー』は何なのか答えを見つけた。自分の団体に持ち帰り、メンバー全員とコミュニケーションをとり、良いフィードバックを与え合うことで良い音楽づくりをしていきたい」(高校生・ブラスバンドおよびジャズバンド経験者)
音と言葉のあいだを往復し議論する
また、Amasiaの芸術監督を務める指揮者の木許裕介さんの言葉もまた、団体のこれからの可能性を示唆するものであろう。
「日本には、演奏技術を高めるための場はたくさんありますし、世界でも高いクオリティを持っていると思います。しかし、“音楽とは何か”“人間はなぜ音楽をするのか”“我々は音楽から何を得ているのか”ということを考える場所がもっとあってもいいのではないか。そのためには、音楽家と音楽以外の領域の専門家が混ざり合って、音楽しながら同時に議論する“場”があることが重要です。どちらか一方ではなく、それらが同時にあることが大切だと思っています」
今後、芸術監督として関わっていく中での目標について、「音と言葉のあいだを往復し続けるような、Amasiaではそういう実験的なプログラムを提案し続けたい。そして日本はもちろん海外の団体とも協働していきたい。既にいくつかの国からオファーをいただいており、楽しみがたくさんあります」と語った。
まだまだ立ち上げられたばかりのAmasia International Philharmonic。グレードアップしていく彼・彼女たち、そして輩出される若者の未来やいかに。音楽は社会、そして世界を変えられるのだろうか。その問いへの答えは、彼らが社会に貢献することで体現してくれるに違いない。
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