
辻井伸行がマケラ指揮パリ管と初共演 ピタリと呼吸の合った秀演に万雷の拍手

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回はフランスの4月の音楽シーンから、オペラとコンサートをレポートします。
若手ソリストとの共演を重ねているクラウス・マケラは、3月のイム・ユンチャンに続いて、5月にはフィルハーモニー・ド・パリに初めて登場した辻井伸行と、4日間にわたって共演した。
そのなかで、5月6日のパリ管弦楽団の定期演奏会は、前半がグリーグ「ピアノ協奏曲」イ短調、後半がマーラー「交響曲第1番《巨人》」ニ長調だった。
マケラに腕を取られて舞台に登場した辻井伸行は、ティンパニの連打に続いて下降するオクターヴをじつに楽々とこなしたのを皮切りに、終始安定した技法を駆使して次々に難所を越えていった。2010年に同じパリ管弦楽団をバックに弾いたニコライ・ルガンスキーのような、北欧の香りが漂う抒情的な演奏とは一味違っていたにせよ、構築性に富んだマケラの指揮とぴたりと呼吸が合い、きれいなフレージング、よく通る音、優れたテクニックは観客と奏者たちから万雷の拍手でもって迎えられた。
アンコールは協奏曲と同じグリーグの《妖精トロルの行進》と、フランスではまず聴くことのないデオダ・ド・セヴラックの《ロマンティックなワルツ》だった。
後半のマーラーはやや神秘性に欠けたが、伸びやかな演奏だった。
シャンゼリゼ歌劇場で ネゼ=セガン&ロッテルダム・フィルの《指環》が継続中

シャンゼリゼ歌劇場で、ヤニック・ネゼ=セガン指揮のロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団が、ワーグナー〈ジークフリート〉を演奏した(4月19日所見)。パリでは1月にパリ国立オペラで同じ演目がカリスト・ビエイト演出であったばかりだった。オーケストラによって物語を語ることができないうえに、しばしば緊張感が途切れるパブロ・エラス=カサドの平板そのものの指揮にへきえきしたパリのワグネリアンが、口直しならぬ「耳直し」に駆けつけた。
ヤニック・ネゼ=セガンはロッテルダム・フィル(2008-2018)、フィラデルフィア管弦楽団(2012-2026)といった有力楽団の音楽監督を歴任するとともに、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場音楽監督を2020年から務めており、管弦楽とオペラの双方で活躍している。
かつての手勢を率いたシャンゼリゼ歌劇場でのワーグナー《ニーベルングの指環》は、演奏会形式で隔年に行われており、2028年に〈神々の黄昏〉で完結する。
個々の奏者を見れば、ロッテルダム・フィルにはパリ国立オペラ管弦楽団の輝きはない。しかし、第1幕冒頭の序奏から、総譜の明快な分析を基盤にしたネゼ=セガンの棒によって一丸となったオーケストラが、観客を、主人公ジークフリートとミーメ(小人のニーベルング族)が住んでいる森のなかの洞窟へと導いた。オーケストラの音色によって場面の雰囲気が濃厚に感じられ、それを背景に人物の性格がていねいに描き出されていった。ワーグナーによる物語が緊迫感をもって高揚するかと思うと、緊張が自然に解けていき、音楽による語りには澱みがなかった。
ドラマに富んだ指揮は、歌手たちをあたかも演劇における演出家のように、自在に操った。演奏会形式だから当然のことながら、装置や小道具はなく、衣裳家や照明家はいない。しかし、題名役のクレイ・ヒリーが秘剣ノートゥングを鍛える場面で、目に見えない鍛治道具を振り上げたり、大蛇ファフナー(ソロモン・ハワード)の胸に剣を突き立てたりしたように、音楽に導かれてパントマイムを「演じ」て臨場感をもたらした。
歌唱面では、クレイ・ヒリー(ジークフリート)は繊細さに欠けたにせよ、音量豊かで最後まで声が通った。降板したタマラ・ウィルソンに代わったレベッカ・ナッシュはヴィブラートが大きく高音に問題があり、ブリュンヒルデの戦乙女らしさは今一つだったが、中低音には厚みがあった。ブライアン・マリガンは低音が響かなかったにせよ、品のある音色がさすらい人らしい風情を感じさせた。ヤー=チャン・フアンはミーメの狡猾さを巧みに演じ、ヴィープケ・レームクールの深みのある低音は地母神エルダによくあっていた。
歌手に多少の凹凸があったにせよ、劇感覚のある指揮者によって奏者たちと歌唱が一体となって、ワーグナーらしい高揚感が聴き手を包んだ晩だった。
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