
ズービン・メータの90歳記念公演、ハーゲン・クァルテットがベルリンでお別れ公演

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回は5月のドイツの音楽シーンから、ベルリンのコンサートをレポートします。

1975年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2000年よりベルリン在住。著書に『明子のピアノ』(岩波ブックレット)、監修を務めた『おとうさんのポス...

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
5月のベルリンは、節目を飾る2つのコンサートが印象深かった。まずは、4月末に90歳の誕生日を迎えたばかりのズービン・メータが、名誉指揮者を務めるシュターツカペレ・ベルリン(SKB)を指揮したバースデーコンサート(5月3日所見)。
筆者がメータの実演に接するのは、2023年6月のベルリン・フィルとの共演以来だった。この3年間での肉体の衰えは顕著であり、自力ではもう歩くことができない。車椅子で登場し、介護人の助けを借りて席につくと、会場は安堵の空気に満たされた。
しかし、モーツァルト「交響曲第40番」が始まると、それは紛れもなくメータのモーツァルトだった。指揮は最小限に近いが、ゆったり目のテンポから紡がれる豊かな歌と、無理のない呼吸が音楽を包みこむ。シュターツカペレの重厚な弦、ヴィブラートのたっぷりかかった木管楽器の魅力もあり、ロマン派の先駆けとしての色合いが濃いト短調交響曲だった。
後半は当初マーラー「交響曲第1番《巨人》」が告知されていたが、直前になってベートーヴェン「交響曲第7番」に変更された。一歩一歩踏みしめるようなベートーヴェンだが、角が取れたあの柔らかなメータの棒にオーケストラが献身的に反応し、万感胸に迫る演奏となった。
会場には、メータの長年の盟友であるダニエル・バレンボイム、さらにクリスティアン・ティーレマンというベルリン州立歌劇場の新旧の芸術監督に加え、フリードリヒ・メルツ首相など政界の重鎮の顔もあり、終演後はスタンディング・オヴェーションで「楽団名誉指揮者」のメータを讃えた。感謝とともに「これが最後かもしれない」という告別の念が混じり合う夕べとなった。

ハーゲン・クァルテットがベルリンで最後のコンサート

今シーズン限りでの引退を発表しているハーゲン・クァルテットは、各地でお別れ公演を行っているが、5月1日にピエール・ブーレーズ・ザールに客演。ベルリンの聴衆に別れを告げた。
ハーゲン家の4人兄弟によってザルツブルクで結成されたのが1981年。ライナー・シュミットが第2ヴァイオリンに加入したのが1987年だから、かれこれ40年近く同じメンバーで活動してきたことになる。たしかに彼らも歳を重ねたが、紅一点のヴェロニカ・ハーゲン(ヴィオラ)の華やかさは変わらずだし、何より彼らが紡ぎ出す音楽はいまも若々しい。
1曲目のベートーヴェン「弦楽四重奏曲第11番《セリオーソ》」は、後期への橋渡しとなったこの作品の、簡潔で引き締まったつくりが、まさにこのクァルテットが目指してきた音楽性にぴったりはまる。そのあとにウェーベルン「弦楽四重奏曲(1905年)」をもってくるプログラム構成も秀逸。ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲の動機を引用するなど、この作曲家の晩年の精神を受け継ぐ作品だからだ。
45年間の活動の集大成と同時に、次の世代への継承の意思を、後半ではより強く打ち出す。シューベルト最晩年の「弦楽五重奏曲」では、クレメンス・ハーゲンの娘、ユリアが出演し、父娘が並んで座った。第3楽章の中間部「トリオ」の色濃い情緒、フィナーレの終盤で2本のチェロがメロディを奏でるところでは、精緻な演奏スタイルを信条とする彼らからあふれ出てくる歌が感動的だった。
トップフォームを維持したままの引退はいかにも惜しいが、彼らの引き際の美学を感じる。満席の聴衆は総立ちとなったものの、アンコールはなし。名クァルテットとして一時代を築いたハーゲン・クァルテットは、7月の日本公演をもってステージから引退する。





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