レポート
2026.09.16
海外クラシックNEWS~from ドイツ①

75回目を迎えたベルリン・ムジークフェスト リゲティ《ル・グラン・マカーブル》で開幕

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回は、ドイツの8月の音楽シーンから、意欲的なプログラムが展開されたベルリン・ムジークフェストのもようをレポートします。

中村真人 Masato Nakamura
中村真人 Masato Nakamura 音楽ジャーナリスト、フリーライター

1975年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2000年よりベルリン在住。著書に『明子のピアノ』(岩波ブックレット)、監修を務めた『おとうさんのポス...

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

ベルリン・ムジークフェストで上演された《ル・グラン・マカーブル》の舞台から © Fabian Schellhorn

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音楽シーズンと共に幕を開ける音楽祭、ベルリン・ムジークフェストが今年も始まった。前身のベルリン芸術週間を含めると今回が75回目という節目で、とりわけ意欲的なプログラムが組まれている。8月28日のオープニング公演が、ニコラス・コロン指揮フィンランド放送交響楽団による、リゲティのオペラ《ル・グラン・マカーブル》であることも、その表れといえるだろう。

20世紀後半を代表するオペラだが、ベルリンでは比較的上演の機会に恵まれている。2003年のコーミッシェ・オーパー(バリー・コスキー演出)、2017年のサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ピーター・セラーズ演出)に続き、筆者にとっては3度目の実演となる。

「架空の国ブリューゲルランドの国歌が演奏されますのでご起立ください」とアナウンスされ、実際に聴衆が立ち上がってから鳴り響くのが、12個のクラクションによるけたたましい前奏曲。演奏会形式の上演かと思いきや、歌手は全員インパクトの強い衣裳を身につけ、舞台上演に比べて遜色がない。

客席に配したバンダや合唱、子役を使った秘密政治警察「ゲポポ」の登場など、フィルハーモニーの空間を存分に生かした舞台である。ヴィーナスと「ゲポポ」長官の二役を超絶技巧で歌うソプラノのサラ・アリスティドウを始め、歌手陣は総じてすばらしい。フィンランド放送響も、その精緻で美しい響きを生かした申し分のない演奏を聴かせてくれた。

一方、全体主義政治を生き抜いたリゲティが書いた、非人間性や腐敗をテーマにしたこのオペラが、かつてのような風刺性を持ちにくくなっている実情も感じた。現実の独裁政治や自然災害のほうが、はるかにグロテスクかつ巨大な範囲で私たちを襲い続けているということなのだろう。

ではこうした野心的なプロダクションが意味を失っているのかと言えば、そんなことは決してないはずだ。ロシアと国境を接したフィンランドとの共同制作により、このオペラがフィンランドで初演された数日後にベルリンで上演されたことには意義があった。こうした国際的な連携自体が、時に有効な政治批評性を持つこともありうる。

サバール指揮コンセール・デ・ナシオンのメンデルスゾーン~刺激的かつフレッシュな《イタリア》

ジョルディ・サバール © Fabian Schellhorn
サバール指揮のコンサートは、もはや一回一回に聴き逃せない重みがある © Fabian Schellhorn

ムジークフェスト2日目(8月29日)には、ジョルディ・サバールが手兵のコンセール・デ・ナシオンと客演した。本コーナーで同じ顔ぶれによる今年3月のオール・モーツァルトのコンサートを紹介しているが、サバール指揮の公演はもはや一回一回が聴き逃せない重みを増している。今回のオール・メンデルスゾーンのプログラムも、フィルハーモニーはほぼ満席だった。

メンデルスゾーン「交響曲第3番《スコットランド》」と「第4番《イタリア》」、その間に「序曲《フィンガルの洞窟》」を挟む、一見何の変哲もないプログラムだが、泰斗サバールの手にかかると夢のような時間に変わる。

とくに面白かったのが《イタリア》で、一般的に知られる1833年版ではなく、作曲家がその後手を加えた1834年版がベルリン公演で用いられた。この版で聴くと、とくに第2楽章から第4楽章までの印象がガラリと変わるのだ。

バスのオスティナートで進行する第2楽章は深い祈りのようで、サバールが語るように「J.S.バッハのコラールのような」瞬間さえある(彼はこの楽章をアンコールでもう一度指揮した)。第4楽章のサルタレッロでは、1833年版にはないティンパニの強打が加わり、嵐のように始まる。中間部で弦楽器セクションが目まぐるしいテンポで奏でる音型のやり取りは、ピリオド楽器のコンセール・デ・ナシオンによっていっそう明晰に浮かび上がる。これほど刺激的かつフレッシュな《イタリア》体験は初めてだった。

前半の《スコットランド》では陰影の深さと共に、スコットランドの民族舞踊の生き生きとした表現が光った。ムジークフェストへのインタヴューで、サバールは「私はかつて17世紀の原典を用いて、スコットランド音楽の研究に4年間を費やした」と明かしているが、あらゆる時代と地域の音楽を吸収してきたサバール指揮の演奏には、人間の文化のなかで育まれてきた音楽の「養分」がぎっしり詰まっている。

中村真人 Masato Nakamura
中村真人 Masato Nakamura 音楽ジャーナリスト、フリーライター

1975年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2000年よりベルリン在住。著書に『明子のピアノ』(岩波ブックレット)、監修を務めた『おとうさんのポス...

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