
ベルリオーズの巨大編成曲「レクイエム」がフィルハーモニー・ド・パリで上演

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回はフランスの5月、6月の音楽シーンから、フィルハーモニー・ド・パリで行われた二つのコンサートをレポートします。

1961年生まれ、兵庫県神戸市出身。1986年渡仏。パリ第8大学でベアトリス・ディディエ、パリ国立高等音楽院=高等師範=トゥール大学合同音楽学課程でデイヴィッド・チャ...

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
パリにおいて、フランス近現代で傑出した作曲家として真っ先に名前があがるのは、エクトル・ベルリオーズ(1803-69)である。幼年時代から親しんだウェルギリウスの叙事詩『アエネイス』に依拠した自作の台本を使った、5幕のグランドオペラ《トロイアの人々》は、ワーグナー《ニーベルングの指環》に比肩する壮大なスケールを誇る。1990年に開場したオペラ・バスティーユのこけら落としに選ばれ、これを指揮したチョン・ミョンフンは一夜にして欧州楽壇の脚光を浴びた。
5月22日、パリ国立オペラ管弦楽団・同合唱団がベルリオーズ「レクイエム」を演奏した。この曲は1837年に廃兵院(アンヴァリッド)の聖ルイ教会で、フランソワ・アントワーヌ・アブネックの指揮で初演された。初演時には楽員と合唱を合わせて約450人を要した、破格のスケールを誇る90分の大曲だが、今回は指揮者の判断により230名の音楽家が動員された。音量過多を避ける配慮である。
指揮のフィリップ・ジョルダンは作曲家の指示通り、メインのオーケストラ以外に、フィルハーモニー・ド・パリの上部4ヶ所に金管楽器群を配置した。このような音響的手法は前代未聞だ。しかし今まで録音を聴くだけではわからなかった、作曲家の求めた音の広がりと静寂との対比が、巨大なホールの空間でよりいっそうきわ立った。
ベルリオーズはパレストリーナ流の旋法音楽や、ベートーヴェンの書法を取り入れている。モーツァルトやブラームスといった、ほかの作曲家のレクイエムとはまったく違う、特異な曲だ。初演を聴いた作家のアルフレッド・ド・ヴィニーは「この音楽は美しいが、風変わりでもある。無秩序で、痙攣(けいれん)しているかのようであり、悲哀に満ちている」と評したが、これは的を射ているだろう。
ベルリオーズは敬虔な信者ではなかったが、初めての聖体拝領のときに教会で聴いた音楽の印象を『回想録』に書き残しているように、鋭い感受性がとらえた死への想念から生まれた音楽には、独自の神秘と崇高さがある。ジョルダンの指揮は管弦の均衡をぴたりと決め、曲の構造をはっきりさせていた。
唯一残念に思われたのは、静けさが支配する第9楽章「聖なるかな」(Sanctus)で、客席最上部脇で歌ったテノール、ペネ・パティの声が会場全体には響かなかったことだ。天から声が降ってくる効果を狙ったのだろうが、平土間までは届かなかった。しかし、全体としては、ベルリオーズという破格な音楽家の打ち立てた壮大な伽藍が、見事に構築された忘れがたい夕べだった。
ハーディングがパリ管と満を持して《幻想交響曲》

パリ管弦楽団は、フランスの交響曲の頂点に立つベルリオーズ《幻想交響曲》(1839年、旧パリ音楽院ホールで初演、フランソワ・アントワーヌ・アブネック指揮)を、1967年11月14日の創設コンサートでシャルル・ミュンシュが指揮して以来、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1969年と1970年)、ゲオルク・ショルティ(1973、1974、1975年)といった、錚々たる指揮者を迎えて演奏し続けてきた。そもそもフランソワ・アントワーヌ・アブネックの指揮で1830年に初演したのが、パリ管の母体となったパリ音楽院管弦楽団だった。
ダニエル・ハーディングは2016年から2019年の音楽監督在任中は一度もこの傑作に手を付けなかったが、副コンサートマスターの千々岩英一によると、今回はとりわけ入念なリハーサルを行い、満を持して指揮台に上った(6月20日所見、フィルハーモニー・ド・パリ)。
ハーディングは、弦楽器を左側から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンの順に並べるドイツ方式の配置(対向配置)を採用した。これにより、向き合って演奏した第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの対話が円滑に行われ、総じて弦楽器が前面に出る結果となった。残念に思えたのは、ハープがわずか2台だったために(作曲者の指定は「少なくとも4
しかし、優雅な腕と手の動きによるハーディングの明快な指揮は、標題の付いた5楽章おのおのの特徴を克明に音にしていった。この名曲はパリに来てから何度も聴く機会があったが、そのたびに青年作曲家の悲劇、女優への恋の道行きに引き込まれ、破格の陶酔へと導かれる。
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