パトロンから見る推し活〜かけひき上手なベートーヴェンとチャイコフスキーを支えたフォン・メック夫人
クラシック音楽に囲まれる家庭環境で育ったイラストレーターの五月女ケイ子さん。「ゆるクラ」は、五月女さんが知りたい音楽に関する素朴な疑問を、ONTOMOナビゲーターの飯尾さんとともに掘り下げていく連載です。五月女さんのイラストとともに、クラシックの知識を深めましょう! 「推し活」編の第2弾は、ベートーヴェンとチャイコフスキーをとりあげます。
ベートーヴェンは意外と商売上手?
クラシック界の推し活について学ぶ「ゆるクラ」第2回は、ベートーヴェンの「推され活」から。ベートーヴェンは、その頃にはまだ珍しかったフリーランスで活動をしていたそうです。
「ベートーヴェンも、パトロンに推され経済的に支えられていたんですよ」と飯尾先生。
性格が面倒臭そうなベートーヴェンにもちゃんとパトロンがいたんですね(失礼)。でも、パトロンと大喧嘩したり、年金が払えなくなったパトロンを訴えたりと、やはり面倒臭そうな話もチラホラ。フリーランスにとって命である営業活動がうまくできていたのか、勝手に心配になります。
「でも、意外としたたかな面もあったんですよ。」と先生。
ある日、カッセルから宮廷楽長になりませんかとお誘いが。たいした仕事がなくてもお給料を貰え、そのうえ終身雇用というおいしい仕事に、ベートーヴェンはパトロンだったルドルフ大公、ロプコビッツ侯爵、キンスキー侯爵の3人に訊いた。
「こんな話きてるんだけど、どうする?」
なんとしてでもウィーンにとどまらせたい3人。なんと、今でいう5000万円もの年金を支給してもらえることに。よっ、ベートーヴェンの商売上手! 人の琴線に触れる音楽を作れる彼だけあって、実は人の心を上手に操る策士だったのですね。
ファンサ(ファンサービス)もぬかりなく
「ところで先生、作曲家のファンサって何かあったんですか?」
「ええ、合奏曲を一緒に演奏したり、クローズドコンサートを開いてファンと交流したりと、ファンサにも抜かりなかったようですよ」
それらに加え、この頃の重要なファンサとして存在していたのが「献呈」。作曲家は感謝を込めて曲をパトロンに献呈し、代わりに献呈料をいただいていた模様です。お得意の作曲でパトロンが喜ぶなら「これも献呈しとくか」みたいな軽いノリでホイホイ献呈する作曲家もいたかも……。と、悪い妄想が膨らみ始めますが、ベートーヴェンの場合は、いい曲じゃないと不機嫌になるくらい耳の確かなパトロンもいて、またベートーヴェンはベートーヴェンで、いい作品ができたら献呈先を変えてしまうこともあったそうです。
ベートーヴェン唯一の弟子で、自身も作曲するルドルフ大公に献呈した曲には名曲が名を連ね、初演にルドルフ公がピアノ演奏をすることも。個人的にパトロンという言葉にはお金持ちの暇つぶし的な、少々悪いイメージが付き纏っていたのですが、ルドルフ公は、弟子であり音楽の理解者、より良い音楽を求め合い、分かち合えて、信頼のおける人物。少し緊張感のある気の置けない推し活も、ベートーヴェンの作品の質を向上させたに違いありません。
ルドルフ公に献呈されたベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 変ロ長調《大公》
推し活の鑑!? チャイコフスキーのパトロン、フォン・メック夫人
また、とくに美しい関係性と感じたパトロンが、チャイコフスキーとフォン・メック夫人。夫人は夫から受け継いだ財産を無償で16年間も提供し、しかも1220通あまりの手紙のやり取りだけで一度も会うことがなかったのだとか。
「リアル紫のバラの人ですよね」と先生。ほんとに! この身悶えするようなシチュエーションに、時を超えてキュンとしちゃいます。一度うっかり遭遇しそうになったときも、チャイコフスキーは恥ずかしくなってすぐさま逃げ出し、その後、不眠症になるくらい落ち込んだのだとか。
それでいてチャイコフスキーからの手紙では案外と情熱的で、「貴女は空気みたいに必要不可欠な存在だ」とか「貴女の夢を見た。こんな幸せなことはあるでしょうか」とか、そんなことを推しに言われたら、勘違い必至な言葉が並べられています。だけど、それでも「推し」と「推され」の関係を貫いたフォン・メック夫人は、一体人生何周目だったのでしょう。
しかも、その頃、熱心に言い寄られて間違って(?)結婚してしまったチャイコフスキー。(すぐに破綻を迎えてしまいますが)夫人は「少し嫉妬してしまいます」と吐露しながらも、変わらずに推し続け、そのあと書かれた「交響曲第4番」を献呈されても、公的な献呈としては受け取らなかったのだそう。まさに推しの鑑。もはや二人の関係性は、恋とか結婚なんて枠組みには収まりきらぬ、もっとも清らかで強固なものだったのかもしれません。
関係が終わったあと、チャイコフスキーは「文通だけは続けたい」と懇願し、断られたら「お金の関係だけだったのか!」と怒ったのだとか。普通パトロンのほうが言う言葉だよねと思いましたが、もはや推されるチャイコフスキーのほうが夫人に愛を求めていたのですね。
それにしても、推しの作品への愛が推しの精神的な支えとなり、それが創作のエネルギーへと変わって、素晴らしい曲が世に放たれる。美しい数式のような推し活の銀河を見せられて、荒んでいた心が浄化されたのでした。
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly