飯森範親×新井鷗子×福間洸太朗 クラシック音楽で子どもの豊かな感性が育つ秘密
国内外の多くのオーケストラを率いてリーダーシップを発揮するマエストロ・飯森範親さん、作曲も音楽学も修めた博学の才媛・新井鷗子さん、6か国語を習得したピアニスト・福間洸太朗さん。2月12日、女優の杏さんがMC、脳科学者の茂木健一郎さんも解説役として出演する「子どもの感性を育てるクラシック名曲コンサート」開催にあたり、音楽のみならず多彩な才能を輝かせて活躍するみなさんに、「子どもと音楽の力」について貴重な経験談とせきららなお考えを伺いました。
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...
2月12日、女優の杏さんがMC、脳科学者の茂木健一郎さんも解説役として出演する「子どもの感性を育てるクラシック名曲コンサート」開催にあたり、指揮者・飯森範親さん、音楽監修・新井鷗子さん、ピアニスト・福間洸太朗さんに、コンサートの見どころ・聴きどころと「子どもと音楽の力」について貴重なお話を伺いました。
「子どもの感性を育てるクラシック名曲コンサート」で子どもの心に種まきを
——「子どもの感性を育てる」というコンセプトのもと、選曲をする上ではどんなことを意識されたのでしょうか?
新井 音楽を聴いて親御さんがお子さんとお話しされる内容をイメージしながら、テーマに沿って曲を選んでいきました。オーケストラ作品には歌詞がないので、メロディやハーモニーからあらゆるものを想像できます。どんな景色や物語が見えたかを会話のネタにしていただけたらいいですね。
飯森 お子さんの心に訴えかけるエネルギーや、想像をかきたてるおもしろい要素を持ち合わせた作品ばかりが並んでいます。実際、僕がピアノを習い始めるきっかけになったのは4歳で聴いたチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」でしたし、指揮者に憧れるようになったのは、10歳でラヴェルの「ボレロ」を聴いたときでした。その他の曲も、子どもでもすぐにイメージが浮かぶようなインパクトのある作品ばかりです。
福間 実は僕も、チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」に特別な思い出があります。6歳で聴いた初めてのオーケストラの演奏会で、中村紘子先生がNHK交響楽団と演奏された曲なのです。
当時すでにピアノを習っていましたが、両親としては他の楽器にも興味を持つかもしれないと思って感想を聞いたら、僕はまっさきに「あそこで弾きたい!」とピアノを指したのだそうです。すぐ楽譜を買ってもらったけれど、もちろん最初の和音から指が届くはずもなく、それがものすごいフラストレーションで……7歳の七夕のとき、短冊に「早くオクターヴが届きますように」と書きました(笑)。
飯森 僕も4歳で弾こうとしましたよ! もちろん指が届かないのだけれど、鍵盤を触ってそれっぽく聞こえる和音を探しながら弾こうとしていたらしいです(笑)。
——おふたりとも一桁の年齢でチャイコフスキーにトライしていたとは! この公演を聴いたお子さんにも同じことが起きるかもしれませんね。
新井 ありえますよね! ゲンコツでもいいから弾いてみたいと感じるようなかっこいい曲ですから。そういう、お子さんでもパッと食いつく曲を選んでプログラミングしました。
——演奏に加え、視覚的な演出や朗読、体験コーナーも用意されています。
新井 コンサートが初めてのお子さんでも飽きないような工夫をしました。たとえばベートーヴェン「運命」のときは、彼が生涯悩まされた聴覚障害への理解につながるよう、音を可視化した波形を映像で映します。一方で音楽に集中していただけるよう、映像の演出過多にならないようにも心がけました。福間さんが協奏曲を演奏するときは、シンプルに手元を映す予定です。
飯森 指揮者体験のコーナーもあるので、ぜひ参加してほしいですね。ただこういうことって親が強制するのではなく、子どもがやりたいといったらサポートする自然なスタンスの方がいいだろうとは思います。
うちの上の息子はいま高校生ですが、小さい頃、僕が無理にピアノを習わせてクラシックに引きずり込もうとしたら嫌いになってしまって。ところがあるとき、お風呂場からラフマニノフやショスタコーヴィチが聞こえてくるようになったんです。どういうこと?と思ったら「お父さんに押しつけられたから一度嫌いになったけど、360度まわって好きになっちゃった」って(笑)。今は作曲をしています。
親としてクラシック音楽を通してどう子どもと接すべきかは、本当にむずかしいと感じます。感性が育まれた!という実感がそのときにはなくても、音楽で心が動いて感じてくれたことがいつか効いてくるかもしれません。子どもそれぞれの個性もタイミングもあるから見守る、というのが僕の結論かな。
新井 まずは種だけまいておけばいいのですよね。
飯森 そう、きっかけづくりが大事。脳科学者の茂木健一郎さんのおもしろい話がお子さんたちの誰かに響いて医学や科学の道を志すかもしれないし、杏さんの優しい朗読に心惹かれて女優を目指すかもしれないし、いろいろなお子さんがいていいんじゃないかなと僕は思います。
新井 コンサート中のたった1分でも気に入る瞬間があれば、それが何かのきっかけになるかもしれません。音楽でなく、映像や照明など他の要素に興味を持つかもしれませんし、どこをどう楽しんでもいいのです。
——一般向けの演奏会だと、お子さんが静かに聴いていられるか心配という親御さんも多いと思いますが、こういう企画だと安心ですね。
福間 そうですね。僕自身は、客席からお子さんの話し声が聞こえても気にしません! ただ最前列で足をブラブラしているのが視界に入ると、テンポが狂いそうになるので少し危ないかな(笑)。
視野を広げて人生を豊かにする、クラシック音楽の力
——子どもの感性を刺激するという意味で、クラシック音楽だからこその魅力はどこにあるのでしょうか?
新井 たった2時間であらゆる時代や国を網羅できるところだと思います。戦争などあらゆることに世界が揺れるいま、必要なのは広い視点です。音楽を通じて、世界や歴史、人生を見るには、クラシックという素材がいちばん適しているのではないでしょうか。
飯森 たとえばロッシーニもモーツァルトも200年以上前、バッハのG線上のアリアは250年前、チャイコフスキーも100年ちょっと前の作品。それほど桁違いに長く残っているということは、クラシック音楽は人間の生活のなかに必要だからだと思うのです。なぜずっと残っているのか、いまわからなくても10年後にわかるかもしれない。
そして、いろいろな国の作曲家はその国の文化や伝統、言葉、食べものに影響されてそのなかで音楽が生まれているので、外国の音楽に触れるということが視野を広げることのきっかけになる。今回の場合は、曲を聴いたことでその国の文化や料理など、いろいろなことにつながって視野が広がったらうれしいですね。音楽界や社会で活躍する方々とお会いするなかで、いろいろなことに関心があって好奇心旺盛で視野が広いことは、その人の人生に大きな影響があるなと最近つくづく感じています。
想像力が育まれているのかも……いずれわかるときがくる、とゆったり構えて、生まれたからにはぜひ一度はクラシックを体験してほしいなと思います。なにより大人の心が豊かになってほしいですね。
新井 本当に! 大人の心が豊かにならないと子どもの心は豊かにならないので。
福間 今回、子どもチケットの対象は4歳から高校生ですね。その年齢の自分の経験を振り返ると、小学生までは作曲家がどこの国の人かを意識していませんでしたが、中学生くらいからレッスンでそんな話が出てきたことで、いろいろな国や文化に興味を持つようになりました。
高校卒業後ヨーロッパに留学してから、恩師のひとりに、“君の強みは好奇心だね”と言われたことがあります。当時はアジア人として西洋クラシックを勉強するなか、ハンディキャップを感じていたところもあって、とにかく文化を学び吸収したいと思っていました。でもそのおかげで貪欲にさまざまなことに関心を持って、6か国語を勉強したり、言語や音楽以外のことも自分から学べたことはとてもよかったと思います。
好奇心がいちばん大切だと思うと茂木先生もおっしゃられていますよね。ご来場の中高生のみなさんにとっても、今回のバラエティに富んだプログラムが好奇心の刺激になったらいいなと思います。
ライブのクラシック音楽が引き起こす奇跡
——感性を刺激し、コミュニケーション能力を育むという意味では、ホールでライブで聴くことの意味も大きいのではないかと思います。
新井 大きな会場で他の人と同じ曲を聴き、同じ場所で一緒に拍手をするだけでも、子どものコミュニケーション能力は十分に培われるといいます。他人と同期することで磨かれるコミュニケーション能力というのがあって。いまこの時代だからこそ、子どもたちに人とつながっている経験をしてほしいですね。
福間 Bunkamuraのようなコンサートホールに入ること自体、子どもにはとてもインパクトのある経験ですよね。僕も前述の6歳で初めて行ったNHKホールの白い壁の印象は、30年以上経ったいまも覚えていますから!
飯森 それに、コンサートでその瞬間に立ち会えたという感覚って、ずっと忘れませんよね。僕もベルリン・フィルハーモニーホールで、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルとアルフレッド・ブレンデルがブラームスの「ピアノ協奏曲第1番」を演奏したときの感覚、いまだに覚えています。録音が残っていますけれど、やっぱりライブとはちがいます。そのときの姿や気迫はそのときの空気を伝わるもので、それはライブでしか味わえない。
新井 特にコンチェルトのときは、指揮者とピアニストの対話もライブでないと見えないですよね。
飯森 予想していないすごいことが起こるのがコンチェルトで、ライブだから立ち会える本番の駆け引きがおもしろい。
福間 偶然ですが、僕もこれまででいちばん印象深い演奏会は、ベルリン・フィルハーモニーホールで聴いたブレンデルのリサイタルなんです! 運よく、ステージ上に作られたピアニストから6、7mの近い席を買えたのですが、ベートーヴェンの31番のピアノ・ソナタを聴いたあと、涙が溢れて立てなくなってしまって。実はその日の昼、自分のベルリンデビューリサイタルがあり、緊張のせいか体調が悪かったのですが、ブレンデルを聴いたらすっかり元気になってしまいました。生の演奏ならではの経験でした。
——体調がよくなった! 他にそんなクラシックを通じたミラクル体験はありますか?
新井 子どもの話から少し離れますが、高齢者の認知機能低下の予防にピアノがもたらす効果の研究をしていたとき、興味深いことがありました。日常生活で薬指と小指が動かない方が、「エリーゼのために」を弾こうと練習していたら、机の上でまったく動かなかった指が、鍵盤の上だと動かせるようになったのです。メロディがインターフェースとなり、認知機能と指の動きを回復させた事例でした。
飯森 それはすごいですね! 僕の身のまわりで起きたことでは、これまで何度か、命を絶ってしまおうと思っていたけれどコンサートを聴いたことでまた生きようと思った、という手紙をいただいた経験があります。音楽にはそんなふうに気持ちを逆転させるエネルギーがあるんだと思ったと同時に、自分のしていることにはすごく責任があるのだとあらためて感じました。
だからとにかく誠心誠意、常に最高のものを目指して音楽に向き合い続けないといけないと思っています。そのくらいのエネルギーを持って演奏していれば、子どもたちにも何かしら感じてもらえるのではないでしょうか。作品の魅力が十二分に伝わる演奏を目指すことで、結果的に、いつか何かにつながってくれたらという気持ちです。
福間 そうですね。僕も演奏家自身が“感動を届けたい”っていうのって、おこがましいんじゃないかなと思っています。もちろんそうなればうれしいのですけれど。当日はとにかく、作品のすばらしさを届けることに集中して舞台に立ちたいです。いろいろな緩急があって最後に結びつく、長い曲ならではの壮大なドラマも体感していただけたら。
——とにかくよい音楽を目指し、あとは何か持って帰ってもらえたらというおふたり。新井さん、とてもよいキャスティングでしたね。
新井 本当にそう思います! このすばらしいおふたりとオーケストラのみなさんのお力を借りて、私たちは種まきをするだけです。親子で楽しみ、話すきっかけになるような工夫がたくさん施された演奏会ですので、気軽に足を運んでいただけたらと思います。
日時: 2023年2⽉12⽇(⽇)
①12時30分開演 ②16時15分開演 ※2回公演
公演時間100分(予定)※休憩あり
会場 : Bunkamuraオーチャードホール
曲目:
ロッシーニ「ウィリアム・テル」序曲よりスイス軍の⾏進
モーツァルト「フィガロの結婚」 序曲
バッハ「G線上のアリア」
チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」 第1楽章
ショパン「別れの曲」
ベートーヴェン「交響曲第5番 運命」第1楽章
ビゼー「カルメン」前奏曲
ブラームス「ハンガリー舞曲第5番」
ラヴェル「ボレロ」
<トークショー> 脳科学者 茂⽊健⼀郎先⽣による⾳楽の重要性、⼥優 杏さんに聞く外国での⼦育て⽅法など、⼦どもとクラシック⾳楽を語るトークセッション
出演:
MC: ⼥優 杏
ゲスト : 脳科学者 茂⽊健⼀郎
ピアノ(ソリスト): 福間洸太朗
指揮: 飯森範親
管弦楽:パシフィックフィルハーモニア東京
⾳楽監修 : 新井鷗⼦
料⾦ : 全席指定/税込 ⼤⼈8,800円 ⼦ども3,800円(4歳以上〜⾼校⽣)
※4歳未満⼊場不可
※⾝分証をご持参ください。(⼊場時ご提⽰いただく場合がございます。)
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