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2025.02.07
日曜ヴァイオリニストの“アートな”らくがき帳 File.41

ル・コルビュジエの建築は「音楽」なくして生まれなかった?!

日曜ヴァイオリニストで、多摩美術大学教授を務めるラクガキストの小川敦生さんが、美術と音楽について思いを巡らし、“ラクガキ”に帰結する連載。今回は「ル・コルビュジエ 諸芸術の綜合 1930-1965」を訪れた小川さん。20世紀を代表する建築家が残した絵画や彫刻は音楽に満ちていた! もちろん建築も......?

小川敦生
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

(手前)ル・コルビュジエ 模型 ロンシャンの礼拝堂(建築:ル・コルビュジエ、模型:諏佐遥也(ZOUZUO MODEL)、パナソニック汐留美術館蔵)、(右奥)ル・コルビュジエ《イコン》(1963年、大成建設株式会社蔵)ほか展示風景(筆者撮影)

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世界文化遺産に登録されている東京・上野の国立西洋美術館を設計したフランスの建築家、ル・コルビュジエ(1887〜1965年)は、前衛的な絵画を多く描いたことでも知られている。ところが、実はそれだけではなかった。自身の建築の中で、音楽も極めて重要な要素と考えていたのだ。

パナソニック汐留美術館で開かれている企画展「ル・コルビュジエ 諸芸術の綜合 1930-1965」を訪れると、20世紀を代表するこの稀代の建築家がいかに音楽を捉え、表現していたかがよくわかる。

ヴァイオリンを描いた奇妙な絵画

絵画におけるル・コルビュジエは、美術史上では「ピュリスム」の提唱者として知られ、その作品はシュルレアリスム(超現実主義)や抽象画との関連でも語られる。シュルレアリスムは、20世紀前半に文学の動きと呼応して、現実にはありえない風景を描いた潮流の呼称だ。建築という現実の物を構築しているのに、超現実主義の絵を描くとは、何と面白いことか!

多く展示されたル・コルビュジエの作品の中で、筆者は特に注目した1枚を紹介したい。《ブルターニュのバイオリン(メタモルフォーズ=バイオリン)》と題された油彩画だ。

ル・コルビュジエ《ブルターニュのバイオリン(メタモルフォーズ=バイオリン)》(画面左、1920/52年、森稔コレクション)ほか展示風景(筆者撮影)
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ヴァイオリンをモチーフにしていることは一瞥(いちべつ)しただけでは判別は難しかった。作品名を見て、改めて念入りに観察した。f字孔と呼ばれる楽器の胴体に開けられた穴や弦を巻くためのペグという器具があることから、ヴァイオリンを描いたことがようやくわかった。

筆者は自分でヴァイオリンを弾くからか、絵の中に楽器のモチーフが仕込まれていることを発見したときには、心の中で大いににやりとしてしまった。しかし、ヴァイオリンに限らず、楽器をモチーフにした絵に出会うと、うきうきするものだとも思う。楽器はこの世の中に魅力的な音楽を生み出すありがたい存在である。そんな認識があるからこそ、音を聴かずとも楽器のモチーフを見るだけで、心の躍動が生まれるのだろう。

この絵は実に魅力的だ。もっとも惹きつけられる要素は、ヴァイオリンがまるで溶け出したかのように描かれた独特の造形美にある。タイトルのかっこ書きにある「メタモルフォーズ」は「変容」を意味する。ヴァイオリンが変容して、この少しぐちゃぐちゃっとした世界が展開しているのだ。現実に存在するヴァイオリンも、音楽を奏でることで実はこの世界をぐちゃぐちゃっと変容させているのではないか。そんな風に考えるのもまた楽しい。

(左)ル・コルビュジエ《ランタンのある危うい調和》(1931年、大成建設株式会社蔵)、(右)《レア》(1931年、大成建設株式会社蔵)展示風景(筆者撮影)

《レア》と題された油彩画にも、ヴァイオリンが描かれている。こちらのほうが、ヴァイオリンであることはわかりやすい。実はこの絵のヴァイオリンは、ル・コルビュジエが自分自身をなぞらえて描いたという説もある。

ル・コルビュジエは、兄アルベールがヴァイオリン奏者、母はピアノ教師だった。少なくとも、ル・コルビュジエがかなりの音楽好きだったことは間違いなさそうだ。

カンディンスキーの絵画と並ぶことで聞こえてくるもの

この展覧会では、これまでのル・コルビュジエの展覧会ではおそらく見られなかった極めて興味深い試みがなされている。抽象絵画の祖の一人として知られるロシア出身の画家、ワシリー・カンディンスキー(1866〜1944年)との対比を、強く打ち出しているのだ。ル・コルビュジエとカンディンスキーはほぼ同じ時代に活躍したが、直接の交流があったわけではないようだ。しかし、両者には通底するスピリットがある。その検証に挑んでいるのである。

(左)ル・コルビュジエ《アコーディオンに合わせて踊る女性》(1949年、大成建設株式会社蔵)、(右)カンディンスキー《全体》(1940年、東京国立近代美術館蔵)展示風景(筆者撮影)

カンディンスキーは、音楽と極めて近い距離にいた画家だった。カンディンスキーが、作曲家のアーノルト・シェーンベルクと手紙のやり取りを始めたのは、1911年1月2日にドイツのミュンヘンで演奏会を聴いたのがきっかけだった。当時とびきりの前衛音楽だったシェーンベルクのピアノや弦楽四重奏などの楽曲を聴いて、カンディンスキーはものすごく興奮したという。1冊の単行本として出版できるくらいの数にわたったシェーンベルクとの手紙のやりとりの中では、当然のことながら、音楽話に花が咲くことになる。

カンディンスキーがシェーンベルクに宛てた手紙の中で、筆者がもっとも素晴らしいものと捉えているのは、「今日の不協和音は、明日の協和音」という言葉である。そもそも、音楽は抽象芸術の極みだ。カンディンスキーは、絵画の上で音楽を実践し、不協和音を協和音に変えたクリエイターだったのだ。

そのカンディンスキーの絵画が、この展覧会ではル・コルビュジエの絵画と並べられている。ぜひ、「音楽」があることを意識しながら、2人の絵画作品を眺めてみてほしい。たとえば、カンディンスキーの油彩画《全体》(原題は「アンサンブル(Ensemble)」)は、マスに切るようにしてさまざまな場面を組み合わせた中で、複雑な抑揚、リズミカルなモチーフの躍動に加えて、色彩の協和・不協和を試しているようにも見える。対して、隣に掛けられたル・コルビュジエの絵画のタイトルは、《アコーディオンに合わせて踊る女性》。街角で実際に出くわした風景を題材にしたのだろうか。筆者の耳には、カンディンスキーの作品とは異なる音楽が届いてくる。

ル・コルビュジエの音響彫刻とは?

ル・コルビュジエには、本人が「音響彫刻」と呼んでいる作品群がある。考えてみれば、立体である分、彫刻のほうが絵画よりも建築に近い。彫刻は三次元空間の中に物体として存在するので、音を反射させたり、響きを伝えたりするような現象も起こりうる。

(左上)(左下)ともにル・コルビュジエ「彫刻《手》のための素描」(1956年、森稔コレクション)、(右)ル・コルビュジエ《手》(1957年、森稔コレクション)展示風景(筆者撮影)

音響彫刻のひとつとされる《手》は、ル・コルビュジエが描いた絵をもとに、家具職人のジョセフ・サヴィナが木で立体化した作品だ。《手》の後ろの壁に掛かっているのは、ル・コルビュジエが描いた素描である。思えば、建築と家具は近しい。建築家が家具職人とタッグを組むのは、おそらく自然なことだったのだろう。

ル・コルビュジエは《手》について、「耳を傾ける」作品と言っているそうだ。こうした考え方が実った建築が、現実に存在する。《ロンシャンの礼拝堂》(1950〜55年)である。

円熟期の建築の代表作に反映した音楽

フランス東部ブルゴーニュ地方のロンシャンにある礼拝堂は、ル・コルビュジエの円熟期の代表作として知られている。

(手前)ル・コルビュジエ 模型 ロンシャンの礼拝堂(建築:ル・コルビュジエ、模型:諏佐遥也(ZOUZUO MODEL)、パナソニック汐留美術館蔵)、(右奥)ル・コルビュジエ《イコン》(1963年、大成建設株式会社蔵)ほか展示風景(筆者撮影)

建築模型を見ているだけでも、心がうきうきしてくる。このやわらかく変幻自在な動きを感じさせる造形の妙は、どこから来ているのだろうか。もちろん、これまでに見てきた絵画や彫刻からである。ということは、シュルレアリスムに影響を受けた絵にも見られる事物が、現実のものになったということか。驚くべきことである。

ル・コルビュジエは『空間の新しい世界』 という雑誌に1948年に載せた「言葉に尽くせない空間」という文章の中で、「視覚(絵画)と聴覚(音楽)が共鳴する」という言葉を記し、「感覚の綜合」を目指した。《ロンシャンの礼拝堂》は、その理念が具現化された素晴らしい作例だったのである。音楽なくして生まれなかった建築。こう考えるとさらに面白みが増した。

ラクガキスト小川敦生のラクガキ

Gyoemon作《愛の礼拝堂》

Gyoemonは筆者の雅号。ヴァイオリンの形をした礼拝堂があれば、必ずや素晴らしい響きの音楽があふれ出すに違いない。そう思いませんか?
展覧会情報
ル・コルビュジエ 諸芸術の綜合 1930-1965

会場: パナソニック汐留美術館(東京・汐留)

会期: 2025年1月11日〜3月23日(土日祝は要予約)

※本展は、ル・コルビュジエ財団の協力のもと開催されます。

小川敦生
小川敦生 日曜ヴァイオリニスト、ラクガキスト、美術ジャーナリスト

1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...

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