
ペッカ・クーシストが2028年度から東京都交響楽団首席指揮者に就任!


東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
2026年4月から東京都交響楽団のアーティスト・イン・レジデンスを務めているフィンランド出身のヴァイオリニスト、指揮者、作曲家のペッカ・クーシストが、2028年4月から同団の首席指揮者に就任することが決定した。
6月15日、都内で記者懇談会が行なわれ、クーシスト、芸術主幹の国塩哲紀、ソロ・コンサートマスターの矢部達哉が登壇した。
都響の次なるステップに必要な指揮者
冒頭に、今回の就任に至る経緯について、国塩芸術主幹が説明した。
国塩 ペッカと都響の初共演は、2023年1月20日「第966回定期演奏会」(シベリウス「ヴァイオリン協奏曲」のソリストとして)。そして前回の、2024年4月21日「プロムナードコンサートNo.407」。リハーサルが非常にスムーズに進み、楽員の反応もよかった。
当時、大野和士・前音楽監督の次の体制を考えていた時期であったこともあり、ペッカの新鮮な演奏スタイルと、聴衆を惹きつける力に感銘を受けた私は、「都響が次のステップに進むためには、こういう指揮者が必要かもしれない」と思いました。
すると、コンサートマスターの矢部さんが「首席客演指揮者になってほしいと思える素晴らしい指揮だった」と話しかけてきました。私はその言葉にうなずきつつも、「首席客演指揮者どころか首席指揮者でも良いのではないか」と思いました。ペッカに「都響の指揮者になってほしい」と申し出ると彼は驚いていましたけれど、非常に真剣に受け止めてくれました。
都響では指揮者の選定について楽員の意向を尊重する伝統があります。楽員からは、「決まってからではなく構想の段階で知らせてほしい」という要望が寄せられていたので、時間を置かずに、コンサートマスターと楽員には指揮者体制の構想について話しました。
ペッカは、2026年度と2027年度はアーティスト・イン・レジデンスとして、指揮とヴァイオリンの両面で都響と共演します。そして、2028年度からは首席指揮者として、本格的に指揮に重きを置いていくことになります。
ペッカは、指揮者・ヴァイオリニストにとどまらず、即興演奏の達人でもあり、彼のスタイルは特定のカテゴリーやジャンルを超越した並外れたものです。私たちが知らず知らずのうちに囚われている固定観念を取り払ってくれる存在といえるでしょう。
個々の能力や知識が双方向に流れて成長していくオーケストラ

Ⓒ RikimaruHotta/東京都交響楽団提供
続いて、クーシストが都響との今後の協働への意気込みを述べた。
クーシスト 初めて都響を指揮した前回(2024年)は、楽員の半分としか一緒に演奏できませんでした。今回のリハーサルでは、まず、「私はあなたたちと友達になりたい。そして、あなた方から多くのことを学びたい」と伝えました。初めて会う人たちがほとんどでしたが、これからの数年間で互いに多くのことを知り、深いコミュニケーションを交わらせるようになりたいと思っています。
オーケストラには、独特なヒエラルキーのような上下関係があります。100人もの人々が、わずか3日間のリハーサルでコンサートをつくりあげる、そこにはリスクが伴います。大勢の奏者を効果的にまとめる音楽づくりのために、この上下関係は必要かもしれませんが、こういった組織的なものには「一方向にしかコミュニケーションが働かない」という問題もあります。
私が、オーケストラという集団のなかで起こってほしいと願うのは、それぞれの能力、知識、情報が双方向に流れること。これこそが、私たちが共に成長していく方法なのだと考えています。
「交響」と「公共」の役割
ソロ・コンサートマスターの矢部は、クーシストを迎えた都響の今後のビジョンを語った。
矢部 オーケストラでは、素晴らしいソリストや指揮者が来たときには、楽員の間で「またこの人に来てほしいね」「2年後ぐらいにまた共演できたらいいね」みたいな話をするのですが、2024年4月の公演のとき、ぼくらは異口同音に「この人と友だちになりたい」と思いました。本当に、それは「音楽的に恋に落ちた」というような瞬間でした。
都響の楽員は、一人ひとり責任感が強くて、生真面目で、規律正しいところがあるんですが、その公演ではお互いの心と心がつながるような稀有な体験だったんですね。それは、なかなか経験することのできないような時間でした。
ぼくは、ペッカさんのなかにある、人と人の心をつなげる力、音楽を通して楽員同士の心をつなげる能力、そういう類いまれな才能を目の当たりにして、もっと大きなことを考えていくべきだと思ったんです。
ぼくらは、“交響楽団”として交響曲を演奏する団体ですが、同時に「公共(パブリック)」という意味もあって、本来オーケストラは、この2つの「コウキョウ」(交響と公共)を両立していかなければいけない。けれど、いろいろな曲に出会ってそれを練習し、リハーサルに本番という過程を繰り返していると、自分たちが「公共」であるということをどうしても忘れてしまいがちなんです。
人と人がつながって、それが音楽家同士だけではなくて聴衆や社会へと広がっていく。その第一歩として、本当に踏み出していかなければいけない。「公共」としてのオーケストラの社会的な役割を果たしていけるんじゃないか。ペッカさんは、そのきっかけを作るすごい人なんじゃないかと。そこが、これからの彼との共同作業で一番楽しみにしていることです。
ヴァイオリンを弾き指揮もする、即興もして作曲もするペッカさんは、「マルチな才能を持った音楽家」と捉えられるかもしれません。「マルチ」というとポピュリズム(大衆迎合)に偏ってしまうかもしれませんが、彼は音楽の根源的な魅力や本質的な部分を深く理解した芸術性の高い人だと、ぼくは思っています。
先日のコンサートが終わって、何人かの楽員から連絡が来ました。
「都響の歴史の中で初めて見るパレットだった」と。
これからの都響の歴史のなかで本当に大きな役割を果たしてくれるのではないかと、ぼくは期待しています。
クーシスト 現代社会において、オーケストラに何が求められているのか。オーケストラには、「自由」と「責任」が共存します。オーケストラは今後、オーケストラの中で完結するのではなく、外側の人たちとより深いコミュニケーションを図っていくことが必要だと考えています。
私は、フィンランドとノルウェーで音楽祭やオーケストラの監督を務めていますが、社会の人々に実際に何かを届けたい、社会と関わりながら活動していきたいという想いから、「私たちの音楽で、あなた方の助けになりたい。オーケストラとして一体何ができるでしょうか」という問いかけをしてきました。赤十字社やユニセフ、国際人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」と協力したプロジェクトも行なっています。
芸術監督を務めているノルウェー室内管弦楽団では、今シーズンに、絶滅が危惧される少数民族「サーミ」(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアにまたがる北部に暮らす)の文化、土地、音楽、言語の権利を保護することをテーマに掲げています。
「絶滅の危機から文化を守る」といった役割が、きっと日本や東京の文化のなかにもあるかもしれません。社会の課題に取り組み、ポジティブな変化をもたらす。オーケストラは、もっと社会に対してアクティブになれると、私は信じています。
「スナフキン、都響のシェフになる」というストーリー!?
矢部 ぼくは、小学校の頃、丸々としていて肌が白くて「ムーミン」と言われていました(笑)。ペッカさんは……ぼくのなかでは「スナフキン」。驚くべきことに、スナフキンは、半世紀前にこう言っています。
人の好みは千差万別だと思います。もし全部の人間が同じものを食べ、同じものに感動し、同じ本だけしか読まなくなったとしたら、僕はそんな世界は味気ない、つまらないもんだと思います。
なるほどなと思いました。スナフキンは「孤独」と言われているかもしれないけれど、そのことによって彼が見せてくれたのは「自由な精神」。真の個性を身につけた人です。
現代は、みんな同じ時刻に、同じ演奏を聴いて感動するとか、みんなが同じものを食べて美味しいと言うような時代だと思うんですが、ペッカさんはそこから少し適切な距離をもっている人。「孤立」ではなく、健全な「孤独」な精神をもっていなければ、これだけ自由な精神を得ることができないだろうとぼくは思っています。
「行間に書かれているもの」を聴く美意識
クーシスト 6月のプログラム(オウティ・タルキアイネン、ラウタヴァーラなど)は、私が今後やっていきたいことが含まれています。私は、シベリウスによって日本をはじめ世界のいろいろな場所へと誘われてきましたが、そういったなかで自分の出身の作品ばかりにこだわるのは、ありきたりなものになりがちです。今後、フィンランドや北欧のみならず多くの作曲家を取り上げ、紹介していきたいと思っています。
日本の聴衆は、すべて語り尽くされていないような音楽を聴くことを好んでくださる。「行間に書かれているものを聴く」、そういった美意識があります。私自身もそれを大事にしたい。
「静けさ」や「空間」といったものも音楽の一部となっている作品を取り上げて、このオーケストラと一緒に模索していきたいのです。
ヴァイオリニストそして指揮者として
クーシスト 私の母は音楽の先生、父は指揮者であり作曲家としてさまざまな音楽の活動をしていた人でした。私は、3歳のときにヴァイオリンを習い始めました。
子どもの頃、指揮者=「嫌な人」というイメージがあって、「将来、指揮者だけには絶対にならない」と言っていました。でも音楽を学んでいくほど、指揮というアプローチが大事なのだと思うようになりました。
優れたフィンランドのヴァイオリニストの多くが、指揮者に転向したあと、だんだんとヴァイオリンを弾かなくなっていくのを目にしてきました。私は、指揮者になってもヴァイオリンを手放すことはできません。ヴァイオリンを弾かないというのは自分自身ではなくなってしまう。でも、指揮者としても音楽を深く追究していきたい。その「両立」が、私にとって今、大きな課題(挑戦)です。

写真:編集部
日時:2026年6月19日(金)19:00開演
会場:サントリーホール
出演:ペッカ・クーシスト(指揮&ヴァイオリン)
曲目:シベリウス…組曲《恋人》op.14
アンデシュ・ヒルボリ…バッハ・マテリア(2017)(日本初演)
アンドレア・タッローディ…きりん座(2011)(日本初演)
シベリウス…交響曲第5番 変ホ長調 op.82
※6月20日の公演「都響スペシャル」と同プログラム
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