次世代が大切にする音楽に思いを寄せて——ウィーン・フィルの楽団員が仙台ジュニアオーケストラを訪問
2019年もたくさんのオーケストラや演奏家たちが来日して名演奏を繰り広げたが、その中でやはりひと味違っていたのが、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団だ。
なぜなら、彼らはただ公演をおこなうだけでなく、無料公開リハーサル、青少年プログラム、マスタークラスなど、次世代に大切なものを継承していくための関連プログラムに、可能な限り時間を割いて、取り組んでいたからだ。
ここでは、「ウィーン・フィル&サントリー音楽復興基金 こどもたちのためのコンサート2019」の模様をお伝えする。
1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
台風の被災地、仙台へ
ウィーン・フィル来日公演の合間となった11月8日、金曜日の午後。
6名のウィーン・フィル楽団員と、指揮者のアンドレス・オロスコ=エストラーダが、東北新幹線に乗って、日帰りのスケジュールで慌ただしく東京から仙台に向かった。
行先は、日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)交流ホール。
そこには、仙台ジュニアオーケストラのおよそ100名の子どもたちが待っていた。
本来、彼らは10月13日には、第29回定期演奏会をおこなうはずだったが、台風の被害のため中止となり、メインの曲目であるドヴォルザーク「交響曲第8番」は準備を整えたまま、本番の機会を失っていた。
ドヴォルザーク「交響曲第8番」(ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)
そこにウィーン・フィルがやってきて、一緒に演奏しながら合奏指導をおこなったのである。これは、いわば本番の代わりともいうべき、大きなイベントであった。
共に演奏し、作り上げていく
ウィーン・フィルのメンバーは、演奏をまじえた自己紹介のあと、さっそく子どもたちの間に入り、隣同士になって混じり合った。
すぐ近くで一流の音が聴けるだけでも大きなインパクトだったはずだ。
指揮者のオロスコ=エストラーダの指導は、素晴らしかった。
今回取り上げられたのは、第1楽章と第4楽章。
演奏が始まると、まず冒頭の哀愁あるメロディのところから、「オペラ歌手のように歌ってみて!」と誘いかける。そうやって、楽器の技術以前に、ひとりひとりがソロになるくらいの気持ちで、心で「歌う」ことの重要性を伝える。
そこから先は、何度も、たとえばコントラバスや金管など、あまり表には出てこないようなパートだけを演奏させて他のパートにも聴かせることを繰り返し、根気強く、お互いの音を聴き合いながら、音楽を作っていこうとする。
第4楽章では、途中フルートの長いソロがあるが、そこを惚れ惚れするような巧さで生徒が吹いたので、オロスコ=エストラーダはすかさず「上手ですね!」と称賛。ティンパニの生徒が随所で見事なリズムを決めるのを見逃がさず、絶妙のタイミングで「いいね!」と褒めるのを忘れない。
当日の様子を収録した動画
オロスコ=エストラーダは、自分自身の持っているすべてを、熱心に、真剣に、子どもたちに捧げ、ドヴォルザークのこの曲の理想の姿を強く確信をもって思い描きながら、それを懸命に子どもたちに伝えようとしていた。
そのリハーサルは、一流の芸術家が、子どもたちにどう誠実に接していき、ともに高めあっていくか、ということの見事な過程だった。
少しでも子どもたちの演奏が良い方向に向かうと、決してそれを見逃がさない。
一人ひとりをちゃんと見て、聴いて、リアクションする。
細部にもパッと反応して、少しでも良くなると、すぐに笑顔で褒め、明るく励まし、称賛する。
より善く、質の高い方向へ、喜びをもって、熱心に。
オロスコ=エストラーダは、音楽を通して、子どもたちの人生を勇気づけ、何度も何度も肯定していた。
子どもたちの表情がみるみる輝き、演奏も生気がみなぎっていくのが、はっきりわかった。
子どもたちの未来を支えるために
このリハーサルを見ながら、その場に見学しに来ていた人たちはみんな思ったのではないだろうか——音楽は子どもたちを「連れて行ってくれる」ものなのだと。
ウィーン・フィル楽団長でもあるヴァイオリンのダニエル・フロシャウアーは、子どもたちの質問に答えて、こう述べていた。
「オーケストラのアンサンブルで重要なことは、(心から)一緒にやること、お互いを尊敬しあうこと。それが一番大切です」
この言葉は、音楽だけではなく、人間活動のすべてについて言えるだろう。
帰りに、仙台駅の新幹線ホームで、チェロのベルンハルト・直樹・ヘーデンボルクに感想を聞くと、「子どもたちの演奏が、見違えるようにどんどん良くなっていったのは、傍らで一緒に演奏していても、よくわかりました。本当にすごかったですね」と興奮を隠さなかった。
こうした活動のひとつひとつは、小さな点にすぎないのかもしれないが、それを根気強く積み重ねていくことによって、それは大きな蓄積となり、未来へとつながっていく。
クラシック音楽は、ただの贅沢品ではない。
震災以降、ウィーン・フィルとサントリーが熱心におこなっているこうした活動にも表れているように、クラシック音楽は、すべての子どもたちの未来に生かすことのできる宝物なのである。
1990年5月に仙台市が設立した、小学校5年生から高校2年生までの児童・生徒で構成された団体。その指導には仙台フィルハーモニー管弦楽団が手厚いサポートを続けてきた。結成以来30年、たくさんの卒業生たちは、オーケストラという経験を活かしながら、音楽のみならず各方面で、社会人として活躍している。行政が音楽教育に積極的に関わっているという点でも、特筆すべき存在である。
2011年3月11日の東日本大震災に際し、ウィーン・フィルからの1億円の寄付の申し出があり、それに加えてサントリーホールディングスが1億円を拠出して、マッチング・ファンドとして2012年4月にサントリー芸術財団に設立された。コンサート事業「こどもたちのためのコンサート」と助成事業「ウィーン・フィル&サントリー音楽復興祈念賞」の2事業がおこなわれている。
「こどもたちのためのコンサート」は、今回の仙台ジュニアオーケストラのケースのように、ウィーン・フィル楽団員がさまざまな被災地を訪問し、次世代の音楽愛好家と演奏者育成のための音楽指導に取り組むもの。
「ウィーン・フィル&サントリー音楽復興祈念賞」は2012年から10年間おこなわれるもので、被災地または日本に活力を与える、クラシック音楽を主体とする演奏活動や音楽普及活動に対する応募制の支援。
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