ハドゥクの「鳥たちの評議会」~しばらくご無沙汰していた旧友から久しぶりに連絡が来たような気分の新作
ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。
Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2025年1月号に掲載されたものです。
ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
苦闘した音声メディアの中で 知り合った知識豊富な ディレクター
「出前DJ」とぼくが呼んでいるイヴェントをほぼ毎週どこかでやっています。規模はさまざまで、大勢の人が集まるフェスティヴァルでもやったことがあるけれど、大抵50人から100人ほどの間のことが多く、時には20人くらいの狭いバーでやることもあります。やる本人として充実感はどれも同じです。
ただ、例えば50人収容できる会場に10人しかいないとさすがにちょっと寂しい感じがあります。でも、かといって手を抜くわけではありません。ラジオではその放送を聞いている人の数は分かりません。今はラジコである程度の数字は分かるようになりましたが、聴取率というものは出るのに時間がかかるし、その正確さはかなり怪しいようです。あまり気にするものでもありませんが、40数年のラジオ歴で極端に知名度の低いいくつかの番組を担当したことがあります。
すぐに浮かぶのはJFNが誕生した80年代半ばに頼まれた番組、タイトルすら覚えていませんが、まだ参加局が少なかったし、曜日と時間はバラバラで、いつどこで放送されているか分からず、確かに1年やったと思いますが、お便りがまったくなかったので果たしてリスナーがいたのか、定かではありません。
なぜか新しいメディアの誕生に携わることがありますね。千葉のBayFMでも開局の1989年秋から「Bay City Blues」という午前3時からの2時間番組(事前収録)を6年半担当しました。ブラック・ミュージックのあらゆるジャンルを網羅する内容で、とてもやりがいもありましたが、メイルがまだ一般的ではない時代でハガキや手紙がそうとう少なく、ディレクターといつも冗談でリスナーの数を3人とか5人とか言っていました。
同じディレクターの鷲巣功さんと組んだ他の幻の番組がありました。Tokyo FMで実験的に行われたディジタル放送でも約半年間、一種の特定の携帯電話でしか聞くことができない番組を作りましたが、自分でも聞いたことはありませんでした! 結局実験で終わりました。衛星ラジオ「Music Bird」でもおそらく誰も知らない番組を一生懸命やっていたことがありました。
そしてもう一つ、「SkyPerfecTV」の音声チャンネル、スター・デジオで、2002年秋から9年以上にわたって、月に一度のジャズの番組「pb’s blues」を担当しました。1時間番組で、どちらかといえば特集を組むことが多かったですが、自分の好きなジャズを自由に選曲することができたのでやっていて楽しかったです。しかし、元々CS放送の契約を持っている人が少なく、どっちみちテレビがメインの媒体なので、そもそも音声チャンネルがあること自体知らない方がほとんどではないかと思います。
とにかく、メイル・アドレスを毎回番組内で伝えていたにもかかわらず、9年のあいだにいただいたメイルは確か2通だったと記憶しています。それも同じリスナーから! でも、リスナーが何人いようと、毎月のギャラはちゃんといただけるので、若干寂しいと思いつつ楽しく収録していました。
その番組のディレクターは土屋光弘さんという方で、普段はJ-Popの番組などを多く手がけていたそうですが、ジャズを中心に他の音楽の知識が凄まじく、収録の時にいつも音楽談義が続いて、ぼくが知らない音楽との新たな出会いがいろいろありました。
聴きやすくて居心地の良いサウンドのハドゥク・トリオ
あの番組からすぐに連想するミュージシャンというと、土屋さんのお陰で好きになったグループ、ハドゥク・トリオ(Hadouk Trio)というのがいました。フランスの2人のミュージシャン、ディディエ・マレルブ(Didier Malherbe)とロイ・エルリッヒ(Loy Erlich)が中心で、当時アメリカ人のパーカショニスト、スティーヴ・シハン(Steve Shehan)が加わっていたのです。
ディディエは81歳で、ぼくはヒッピーの時代に話題になったゴングというバンドのサックス奏者として名前だけ知っていました。ロイのほうはこのグループで初めて知った、今74歳のマルチ・インストルメンタリストです。Hadouk Trioは1996年にこの2人が作った「Hadouk (Le Bal des Oiseaux)」というアルバムから派生したものです。
ロイが得意とするHajoujという楽器はモロッコのグナワと呼ばれるトランスを誘う儀式の音楽で使われる3弦の、言うならばアクースティック・ベイス・ギターのようなものです。そしてディディエはアルメニア生まれの二重リードの笛、ドゥドゥクを演奏します。
それぞれの楽器が持つ独特の音色からは乾いた山の風景が(少なくともぼくの頭には)呼び起こされます。2人は他にもアフリカやアジアのさまざまな楽器を駆使して、極めて聴きやすくて居心地のいいサウンドを紡ぎます。民族音楽でもなければジャズでもないけれど、両方の影響を感じる素敵な音楽です。
鳥のやさしい鳴き声に聞こえるドゥドゥクの響き
その後3人になり、一時期ギタリストも追加してHadouk Quartetにまで発展したものの、先日久しぶりに2人だけのHadouk名義で新作を発表しました。1996年のLe Bal des Oiseauxは「鳥たちの舞踏会」、そして今回はLe Conciledes Oiseaux(鳥たちの評議会)というサブ・タイトルになっていますが、ドゥドゥクの響きは確かに鳥の優しい鳴き声に聞こえる時があります。
「pb‚s blues」で一度、誰の耳にも届いていないかも知れない特集をし、2010年のアルバム「Air Hadouk」はぼくの年間ベストの一つでした。
しばらくご無沙汰していた彼らの新作が出たと知った時、旧友から久しぶりに連絡が来たような気分でした。1996年のアルバムと2枚組の形で発表されたフランス盤は日本ではキング・インターナショナルで配給されています。
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