
「第九」で学ぶ!楽典・ソルフェージュ 第10回(最終回) 楽語と記号

音大受験生や音大生はもとより、楽器や歌、音楽鑑賞を楽しむ人までを対象にした、楽典とソルフェージュの連載。国民的人気曲「第九」を題材に、楽しみながら耳を育て、スコア・リーディングにも挑戦! 楽典の学びを実践するエクササイズで、表現力やアンサンブル能力を磨きましょう。
みなさま、こんにちは。今回のテーマである楽語や記号は、作曲家が可能な限り正確に、自身の音楽を伝えるために記した大切なメッセージです。
その種類はおもに3つに大別できます。まず、その曲全体や部分について全員が共有するテンポ、曲想、強弱等。
次に、メロディや伴奏といった役割に応じた発想標語や強弱。そして、奏法(pizzicato、arco、staccato等)やスコア固有の表記(二人で同じメロディを演奏するa2、等)です。「第九」で用いられている楽語はすべてイタリア語で、それは生活の中でごく普通に使われる語彙であり、生きている言葉です。
今回は、同時に音源も聴きながら、楽譜を読んだり歌ったり、指揮や身振りで表したりして、ソルフェージュも実践してみましょう。
【楽典】
1.強弱に関する標語:sotto voceとmezza voce
まず、「第九」第1楽章の冒頭を見てください(譜例1)。
譜例1

テンポ表示は、Allegro ma non troppo, un poco maestoso♩=88(快速に、しかしはなはだしくなく、少し厳格に)です。緊張感を持った曲想であることを示しています。
ホルンと弦楽器がppで導入し、次に第1ヴァイオリンが鋭いリズムで切り込んでくる場所には、強弱記号ではなくsotto voce(声をひそめて)が記されています。sottoは「下」や「秘密の」という意味があり、抑制された表現ではあるものの、背景となるppとは明確に役割が区別されています。
次は、第3楽章の冒頭を見てみましょう(譜例2)。
譜例2

3小節目の第1ヴァイオリンには、やはり強弱記号に替えてmezza voce(半分の声で)が記されています。mazza voceは、しばしば優しい性格に用いられる楽語で、第3楽章Adagio molto e cantabile(非常にゆっくりと、そして歌うように)の曲想に合うように、柔らかい響きを求めています。
(第1楽章:0:01~)(第3楽章:29:34~)
2. メロディを印象づける標語:dolce、espressivo、cantabile
第1楽章に戻りましょう。発想標語として代表的な、dolce(甘美に)、espressivo(espress.は略、表現豊かに)、cantabile(歌うように)は、「第九」でもたくさん使われています。
dolceが初めて現れる74小節は、ちょうど第1主題部が落ち着いて穏やかなメロディが木管楽器で奏でられます。それまで男性しかいなかった舞台に女性が登場してきたかのようです。
espressivoが初出する138小節では、タイを伴った16分音符のモティーフが木管楽器に次々と現れます。小さな< >も助けになります。
そして、cantabileはヴァイオリンとオーボエ、フルートが哀切なメロディを奏でる259小節に記されています。218小節から始まるフガート(主題が次々と提示される部分)のクライマックスが鎮まり、新しい部分に入ったところです。フガート主題の最初の小節をモティーフとしていますが、性格的な対比が強調されています(譜例3)。
譜例3

第1楽章 63小節~
(1:55~)
第1楽章 132小節~
(4:04~)
第1楽章 236小節~
(7:14~)
3. 加減を表す言葉:più、meno
次は、più(もっと、より多く)とmeno(より少なく)です。254小節にはpiù pが記されています。直前の253小節にあるpより、「もっと弱く」します。
それとは反対に、279小節の弦楽器にあるun poco meno pは、273~274小節のppより「弱さを少し減らす=若干強く」します(譜例4)。
他にもたくさんあるので、探してみましょう。
譜例4

加減を表す言葉は、テンポと強弱の両方に用いるpiù(もっと、より多く)、meno(より少なく)、sempre (常に)、un poco(pocoも同じ、少し)、molto(きわめて)等と、強弱のみに用いるsf(その音をとくに強く)、crescendo(cresc. だんだん強く)、diminuendo(dimin. だんだん弱く)等があります。「第九」では、それらがpp、p、f、ffの強弱記号を補い、細かく指示がなされています。
たとえば、513小節からの第1楽章コーダは、背景の半音階を担当する低音楽器はpp、モティーフを担当する管楽器(+ティンパニ)はpから始まります。その後、521小節から全体にcresc.が始まり、527小節でfに達しますが、すぐにpiù fでもう一段階強め、531小節でffに達します。さらに535小節、539小節にはsempre ff(常にきわめて強く)を重ねて記しています。544小節の主音Dにはsf(その音をとくに強く)、そして、最後の主題のユニゾン545小節にも、もう一度ffが記され、最後まで音量が少しずつ段階的に増大していく様子が、視覚的にも実感できるように記されています(表1)。
表1

交響曲全体のコーダである第4楽章の851小節Prestissimo(きわめて速く)からは、ff、f、 sf、sempre ffを執拗に重ねて記すことにより、もっともエネルギッシュなクライマックスで終わりたい、という強い思いを伝えています(表2)。
表2

まず、音源のみを聴き、表と対応させながら一つひとつの強弱記号の効果を考えましょう。それから、スコアをお持ちの方は楽譜で確認しましょう。
第4楽章 第843小節~
(1:08:41~)
4. 流れを止める記号:フェルマータ
最後に、フェルマータfermataについて見ていきましょう。フェルマータは音や休符の音価を2〜3倍自由にのばす記号です(他にコラールの歌詞の区切りや、D.C.[ダ・カーポ]後のFineなど、楽譜の途中で楽曲が終わる場合にも用います)。イタリア語の意味は「停止する」で、英語のstopにあたります。
「第九」の第1、2、4楽章の終わりには、休符にフェルマータが記されています(表1、2参照)。いずれも、強奏による勢いと緊張感を留めておくための停止です。
さまざまな動画で、指揮者がどのように を表しているかを見てみましょう。
生活の中では、バスや路面電車の「停留所」のことを、イタリア語でfermataといいます。停留所の前でバスが減速するように、フェルマータの前は自然にテンポが緩むことも多いです。
第4楽章の762小節にあるフェルマータを聴いてみましょう。それから、フルートやオーボエのパートを歌いながら、フェルマータにかけてテンポを緩めてみましょう(譜例5)。
譜例5

(1:05:50~)
*
作曲家が一つひとつの音符、リズム、楽語や記号に託した音楽について、楽譜を読み込んで考えることは、宝探しのようにワクワクして楽しいものです。
この連載で取り上げたのは、「第九」のほんのさわりに過ぎません。私自身もスコアを見るたび、演奏を聴くたびに尽きない発見と感動があります。
皆さんも、楽典をあらゆる作品に応用して、細かなところまで注意深く聴いたり声に出したりして実践してみてください。細かい表現への解像度が上がり、耳も目も開かれて、皆さんの音楽生活が日々新鮮な驚きに満ちた、彩り豊かなものになることを願っています。
全10回にわたり連載にお付き合いくださり、誠にありがとうございました。
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