ブラームスを知るための25のキーワード〜その17：合唱団指導者

公職に就くことを切望する一方、それによって生じる束縛をきらい、生涯のほとんどを自由人として過ごしたブラームスであるが、それぞれ短期間ながら得たいくつかの公職が、すべて合唱と関わっている点は興味深い。合唱運動が音楽生活の重要な位置を占めていた19世紀という時代をしのばせる事実といえよう。

1857年9月、ブラームスはデトモルト公爵の宮廷音楽家の地位を得たが、彼の職務は公爵令嬢にピアノを教えることと、社交界の人びとからなる合唱団を指揮することだったのである。以後、59年までの3年間、9月～12月までの3か月のみの約束という恵まれた条件で、彼は多くを学び、合唱と管楽器のための《埋葬の歌》（作品13）のような作品が生まれた。

ブラームス：《埋葬の歌》

がんこに宮廷生活をきらってデトモルトを去ったブラームスは、1859年ハンブルクにもどり、女声合唱団をつくり、音楽に彩られた女性たちとの交友を楽しんだ。同年に作曲された《第13詩篇》（作品27）は、彼女たちによってハンブルクで初演されている。

ハンブルクのジングアカデミーとフィルハーモニー管弦楽団の指揮者に就任するというブラームスの夢は結局実現せず、彼はウィーンに行くことになる。有名な合唱団ジングアカデミーの指揮者の地位を得たかったのである。

新しい指揮者の趣味は変わっていた。1863年11月15日の第1回演奏会は、バッハのカンタータ《われ憂い多かりき》（BWV21）で始まり、ベートーヴェン、シューマン、そして自作の民謡編曲というもので、大成功であったが、その後の演奏会ではバッハのカンタータと、さらに古いア・カペラ曲を取り上げるに及び、当時の聴衆はとまどい、ブラームス自身も、64年4月17日の演奏会を最後に、自らその地位を辞する決定を下した。

それから8年の後、39歳のブラームスは1872年秋、再び公職に就く。ウィーン楽友協会の芸術監督という地位であった。意欲に燃えたブラームスは、オーケストラを再編成し、合唱団の練習を週2回にし、小さなグループで難しい個所をさらわせるなど、演奏水準の向上につとめたほか、例によって演目もまた彼らしく意欲的であった。1875年にこの地位を辞するまでの18回の演奏会のプログラムには、バッハが9曲、ヘンデルが5曲、17 世紀のア・カペラ作品が4曲という具合に、なんと3分の2が古い音楽にあてられたのである。自作品としては《勝利の歌》（作品55）のウィーン初演、《アルト・ラプソディー》（作品53）や、《運命の歌》（作品54）の上演があげられるが、彼の指揮者としての最後の年に上演された《ドイツ・レクイエム》（作品45）は、楽友協会の歴史に残る演奏会となったのである。

ブラームス：《ドイツ・レクイエム》

こうしたすばらしい活動も、やがて終わりがやってきた。聴衆の評判や批評は素晴らしかったが、この仕事は彼の作曲家としての制作活動に少なからず制限を加えざるをえなかったし、芸術上の興味も、芸術監督としての立場とは相容れないこともあった。そこへ、前任者のヘルベックが、宮廷歌劇場監督を辞任し、楽友協会の地位に興味を抱き始めたのである。

無用な摩擦を嫌ったブラームスはあっさり自分から辞職し、もとの自由の身にもどった。しかし終世楽友協会とは親しい関係を維持し、晩年には遺産継承者と定めるほどであった。