読みもの
2026.10.07
ベルリン在住約30年の音楽評論家・ジャーナリスト、城所孝吉が語る

世界最高峰オーケストラ「ベルリン・フィル」〜カラヤン、アバド、ラトルの時代の変化

世界最高峰のオーケストラとして知られるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。その魅力は、いったいどこにあるのでしょうか。1994年からベルリンを拠点に活動し、2012年から10年間、ベルリン・フィルのメディア部門で日本向けマーケティングや事業開発にも携わった音楽ジャーナリスト、城所孝吉さんに、演奏の特徴や歴代指揮者との関係、音楽家たちの姿勢について聞きました。

※本記事はポッドキャスト番組『ONTOMO Radio』で語られた内容を再構成しています。

ONTOMO編集部
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東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

ゲスト:城所孝吉さん(ベルリン在住音楽評論家・音楽ジャーナリスト)
MC:浜中充(音楽之友社書籍編集部部長)

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世界のオーケストラが意識するベルリン・フィル

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——ベルリン・フィルと他の一流オーケストラには、どのような違いがあるのでしょうか?

城所 他のオーケストラと比べると、彼らの置かれている状況が違うと思います。以前、ドイツで別のいくつかのオーケストラの広報活動も担当していたのですが、私がベルリン・フィルでも仕事をしていると聞くと、どこへ行っても「うちだってあれくらい弾ける」と言われるんです。他のオーケストラも一流ですし、実際に演奏も素晴らしい。なのに、ベルリン・フィルを引き合いに出して話すんです。

城所孝吉(きどころ・たかよし)
1970年生まれ。ドイツ・ベルリン在住。早稲田大学第一文学部ドイツ文学専修を卒業後、ベルリン自由大学、工科大学に留学。在学中より音楽評論家、ジャーナリストとして活動し、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞等の日刊紙、『レコード芸術ONLINE』『音楽の友』『ぶらあぼ』『モーストリークラシック』等の専門誌に寄稿する。2003年からは音楽ビジネスに関わり、TDKヨーロッパで音楽DVDを制作。欧州の著名オーケストラのパブリシストを務めたあと、2012年以降は、10年間にわたりベルリン・フィルのメディア部門「ベルリン・フィル・メディア」で、配信サービス「デジタル・コンサートホール」の日本向けマーケティング、事業開発に従事した。2022年に、ドイツ・グラモフォンに移籍。2026年まで、アジア市場における事業開発、録音制作(A&R)に携わった。

——それだけ、ベルリン・フィルが比較の対象になっているということですね。

城所 そうです。他のオーケストラから常に見られている、ある意味で監視されているような状況にあるわけです。ウィーン・フィルはまた別で、ウィーンという土地に根ざした独自のブランドや音楽性があります。誰かがまねをしようとしても、簡単にはできないものですよね。一方、ベルリン・フィルは、他のオーケストラが「自分たちだってできる」と言いたくなる存在なんです。

ベルリンでは、外から来るオーケストラも、フィルハーモニーという同じ舞台で演奏します。ウィーン・フィルやロンドン交響楽団など、世界の一流オーケストラが訪れると、それぞれが最高の演奏をしようとする。ベルリン・フィルは、そうした演奏を聴く人々の視線も意識せざるを得ない。世界のトップにいることを守るために、常に実力を出し切る必要があるのだと思います。

ベルリン・フィルハーモニー大ホールの内観

カラヤンからアバドへ、変化した音楽家の関係

——長年ベルリン・フィルを見てきて、オーケストラの変化をどのように感じていますか?

城所 大きな転換点の一つは、カラヤンからアバドへの交代です。カラヤンの時代は、いわば巨匠がオーケストラを支配するスタイルでした。団員による室内楽活動もありましたが、演奏会ではカラヤンが主導していた。

それに対してアバドは、団員と一緒に音楽をつくろうとしたんです。アバドは、自分のことを「クラウディオ」と呼んでほしいと言っていたことでも知られています。団員一人ひとりが責任を持ち、自分の考えを出し合い、互いに目を合わせ、呼吸をしながら、室内楽のように一つの音楽をつくっていく。そういう民主的なオーケストラへと変えていったのだと思います。

——その変化は、のちの指揮者にも影響したのでしょうか?

城所 アバドの時代に団員の自主性が高まっていった。その後を引き継いだラトルは、そうして変化したベルリン・フィルと16年間、格闘したというのが私の印象です。成功することもあれば、そうでないこともあった。ラトルとオーケストラの関係は、決して一筋縄ではいかなかったと思います。

カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団『ベートーヴェン:交響曲第5番、第6番』
アバド指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団『ベートーヴェン:交響曲第5番、第6番』

ラトル最後の演奏会に見た16年間の関係

——ラトルの最後の演奏会では、マーラーの交響曲第6番が演奏されました。

城所 私はその演奏会に行って、本当に感動しました。それまでベルリン・フィルとラトルは、いろいろとやり合ってきたという印象があったんです。でも最後の演奏会では、団員たちが彼のために涙をこらえるように、顔を真っ赤にして演奏していました。それを見て、これは本物の、特別な関係だったんだと、ようやく納得できたんです。

マーラーの第6番には、最後に勝ったのか負けたのかわからないまま終わる、という解釈があります。ラトルは、ベルリン・フィルとの関係も、どちらが勝ったのかわからないまま終わるという意味を込めて、この曲を選んだのではないか。私はそう考えました。イギリス人らしい辛口のユーモア、ブラックユーモアなのかもしれないと思っていたのですが、実際の演奏会はそうした想像とは違っていました。団員たちの演奏から、ラトルとの関係が伝わってきたんです。

サイモン・ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団『マーラー:交響曲第6番』

ペトレンコが築くこれからのベルリン・フィル

——現在の首席指揮者、ペトレンコについてはどのように見ていますか?

城所 ペトレンコが選ばれたとき、私はこの人でよかったと思いました。作品を深く読み込む力があり、自分の解釈を深めていける指揮者だと思うからです。楽譜を徹底的に読み、完璧を目指すところもあります。一方で、今は少し考えすぎているように感じることもあります。

例えば、縦の線を非常に精密に合わせることへのこだわりがあります。ベルリン・フィルには、音楽の流れのなかで生まれる揺れや、感情的なフレージングがあります。そこに精密さが加わることで、非常に緊張感の高い演奏になる一方、少し窮屈に感じられる場合もある。今は、そのぎりぎりのところにいるように思います。

ただ、作品の深部を読み込む力がある指揮者は、これからも成長していくと思います。ペトレンコはまだこれから変わっていくでしょうし、もっと自由になっていくのではないかと期待しています。

キリル・ペトレンコ指揮によるベルリン・フィルとの初録音『チャイコフスキー:交響曲第6番』

——そんなベルリンの音楽現場を長年見てきた城所さんの新刊が、『ベルリンから見た不思議おもしろ音楽事情 気分はカプリッチョ』です。ベルリン・フィルだけでなく、ヨーロッパの音楽や文化、音楽ビジネスなど、幅広いテーマを扱っています。

城所 この本は、ベルリンに軸足を置いて、さまざまなことを観察し、考察したものです。日本とヨーロッパではものの見方が違うことがありますよね。その違いを取り上げて、「なぜ違うのか」を考えると、読者にも「なるほど」と楽しんでもらえると思いました。

——ベルリンの街で往年の名歌手に遭遇した話から、コロナや政治、音楽をめぐる問題まで、軽い話題も考えさせられるテーマも織り交ぜられていますね。

城所 音楽の話って、難しくしようと思えばいくらでも難しくできる。でも、難しいことをわかってもらうためには、面白く話をすればいいと思うんです。

書籍情報『ベルリンから見た不思議おもしろ音楽事情 気分はカプリッチョ』

不思議でおもしろいヨーロッパのクラシック音楽事情を知れば、音楽の聴き方・楽しみ方がもっとわかる!
演奏会の正しいドレスコード、アフター・コンサートの食事問題の解決法、有名オペラ歌手の舞台衣装を買える?、クラシックに知識は必要か?、音楽批評が必要な理由、コロナ禍が音楽界に与えた影響、ポストCD時代にはなにが起こる?、ハーディングはなぜパイロットになったのか?、カラヤンやバーンスタインの知られざるエピソード、シューマンの歌曲に秘められた想い――などなど、硬軟織り交ぜた音楽にまつわるさまざまなテーマを、長年にわたってベルリンで音楽評論家・音楽ジャーナリストとして活動する著者ならではの親しみやすい文章で綴る。現地だからこそわかるベルリン・フィルの話題もたっぷり。きっと誰かに話したくなる、楽しく読めてためになる、クラシック・ファン必読の一冊!

城所孝吉 著

定価:2,640円 (本体2,400円+税)
2026年10月刊行(音楽之友社)

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