
世界最高峰オーケストラ「ベルリン・フィル」〜カラヤン、アバド、ラトルの時代の変化

世界最高峰のオーケストラとして知られるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。その魅力は、いったいどこにあるのでしょうか。1994年からベルリンを拠点に活動し、2012年から10年間、ベルリン・フィルのメディア部門で日本向けマーケティングや事業開発にも携わった音楽ジャーナリスト、城所孝吉さんに、演奏の特徴や歴代指揮者との関係、音楽家たちの姿勢について聞きました。
※本記事はポッドキャスト番組『ONTOMO Radio』で語られた内容を再構成しています。

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
世界のオーケストラが意識するベルリン・フィル
——ベルリン・フィルと他の一流オーケストラには、どのような違いがあるのでしょうか?
城所 他のオーケストラと比べると、彼らの置かれている状況が違うと思います。以前、ドイツで別のいくつかのオーケストラの広報活動も担当していたのですが、私がベルリン・フィルでも仕事をしていると聞くと、どこへ行っても「うちだってあれくらい弾ける」と言われるんです。他のオーケストラも一流ですし、実際に演奏も素晴らしい。なのに、ベルリン・フィルを引き合いに出して話すんです。

1970年生まれ。ドイツ・ベルリン在住。早稲田大学第一文学部ドイツ文学専修を卒業後、ベルリン自由大学、工科大学に留学。在学中より音楽評論家、ジャーナリストとして活動し、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞等の日刊紙、『レコード芸術ONLINE』『音楽の友』『ぶらあぼ』『モーストリークラシック』等の専門誌に寄稿する。2003年からは音楽ビジネスに関わり、TDKヨーロッパで音楽DVDを制作。欧州の著名オーケストラのパブリシストを務めたあと、2012年以降は、10年間にわたりベルリン・フィルのメディア部門「ベルリン・フィル・メディア」で、配信サービス「デジタル・コンサートホール」の日本向けマーケティング、事業開発に従事した。2022年に、ドイツ・グラモフォンに移籍。2026年まで、アジア市場における事業開発、録音制作(A&R)に携わった。
——それだけ、ベルリン・フィルが比較の対象になっているということですね。
城所 そうです。他のオーケストラから常に見られている、ある意味で監視されているような状況にあるわけです。ウィーン・フィルはまた別で、ウィーンという土地に根ざした独自のブランドや音楽性があります。誰かがまねをしようとしても、簡単にはできないものですよね。一方、ベルリン・フィルは、他のオーケストラが「自分たちだってできる」と言いたくなる存在なんです。
ベルリンでは、外から来るオーケストラも、フィルハーモニーという同じ舞台で演奏します。ウィーン・フィルやロンドン交響楽団など、世界の一流オーケストラが訪れると、それぞれが最高の演奏をしようとする。ベルリン・フィルは、そうした演奏を聴く人々の視線も意識せざるを得ない。世界のトップにいることを守るために、常に実力を出し切る必要があるのだと思います。

カラヤンからアバドへ、変化した音楽家の関係
——長年ベルリン・フィルを見てきて、オーケストラの変化をどのように感じていますか?
城所 大きな転換点の一つは、カラヤンからアバドへの交代です。カラヤンの時代は、いわば巨匠がオーケストラを支配するスタイルでした。団員による室内楽活動もありましたが、演奏会ではカラヤンが主導していた。
それに対してアバドは、団員と一緒に音楽をつくろうとしたんです。アバドは、自分のことを「クラウディオ」と呼んでほしいと言っていたことでも知られています。団員一人ひとりが責任を持ち、自分の考えを出し合い、互いに目を合わせ、呼吸をしながら、室内楽のように一つの音楽をつくっていく。そういう民主的なオーケストラへと変えていったのだと思います。
——その変化は、のちの指揮者にも影響したのでしょうか?
城所 アバドの時代に団員の自主性が高まっていった。その後を引き継いだラトルは、そうして変化したベルリン・フィルと16年間、格闘したというのが私の印象です。成功することもあれば、そうでないこともあった。ラトルとオーケストラの関係は、決して一筋縄ではいかなかったと思います。
カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団『ベートーヴェン:交響曲第5番、第6番』
アバド指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団『ベートーヴェン:交響曲第5番、第6番』
ラトル最後の演奏会に見た16年間の関係
——ラトルの最後の演奏会では、マーラーの交響曲第6番が演奏されました。
城所 私はその演奏会に行って、本当に感動しました。それまでベルリン・フィルとラトルは、いろいろとやり合ってきたという印象があったんです。でも最後の演奏会では、団員たちが彼のために涙をこらえるように
マーラーの第6番には、最後に勝ったのか負けたのかわからないまま終わる、という解釈があります。ラトルは、ベルリン・フィルとの関係も、どちらが勝ったのかわからないまま終わるという意味を込めて、この曲を選んだのではないか。私はそう考えました。イギリス人らしい辛口のユーモア、ブラックユーモアなのかもしれないと思っていたのですが、実際の演奏会はそうした想像とは違っていました。団員たちの演奏から、ラトルとの関係が伝わってきたんです。
サイモン・ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団『マーラー:交響曲第6番』
ペトレンコが築くこれからのベルリン・フィル
——現在の首席指揮者、ペトレンコについてはどのように見ていますか?
城所 ペトレンコが選ばれたとき、私はこの人でよかったと思いました。作品を深く読み込む力があり、自分の解釈を深めていける指揮者だと思うからです。楽譜を徹底的に読み、完璧を目指すところもあります。一方で、今は少し考えすぎているように感じることもあります。
例えば、縦の線を非常に精密に合わせることへのこだわりがあります。ベルリン・フィルには、音楽の流れのなかで生まれる揺れや、感情的なフレージングがあります。そこに精密さが加わることで、非常に緊張感の高い演奏になる一方、少し窮屈に感じられる場合もある。今は、そのぎりぎりのところにいるように思います。
ただ、作品の深部を読み込む力がある指揮者は、これからも成長していくと思います。ペトレンコはまだこれから変わっていくでしょうし、もっと自由になっていくのではないかと期待しています。
キリル・ペトレンコ指揮によるベルリン・フィルとの初録音『チャイコフスキー:交響曲第6番』
——そんなベルリンの音楽現場を長年見てきた城所さんの新刊が、『ベルリンから見た不思議おもしろ音楽事情 気分はカプリッチョ』です。ベルリン・フィルだけでなく、ヨーロッパの音楽や文化、音楽ビジネスなど、幅広いテーマを扱っています。
城所 この本は、ベルリンに軸足を置いて、さまざまなことを観察し、考察したものです。日本とヨーロッパではものの見方が違うことがありますよね。その違いを取り上げて、「なぜ違うのか」を考えると、読者にも「なるほど」と楽しんでもらえると思いました。
——ベルリンの街で往年の名歌手に遭遇した話から、コロナや政治、音楽をめぐる問題まで、軽い話題も考えさせられるテーマも織り交ぜられていますね。
城所 音楽の話って、難しくしようと思えばいくらでも難しくできる。でも、難しいことをわかってもらうためには、面白く話をすればいいと思うんです。
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