読みもの
2023.12.28
音メシ!作曲家の食卓#12(最終回)

食通ではなかったブラームスが絶品と評した ウィーン版グラーシュ

歴史料理研究家の遠藤雅司さんが、作曲家をその食卓からクローズアップ。毎回、実際に再現したレシピもご紹介します。人間の根源的な欲求=食のエピソードからは、大作曲家の人間くさい一面が見られるかも!?

遠藤雅司(音食紀行)
遠藤雅司(音食紀行)

歴史料理研究家。国際基督教大学教養学部人文科学科音楽専攻卒。2013年から世界各国の歴史料理を再現するプロジェクト「音食紀行」をスタートさせ、実食イベントやレストラン...

イラストー駿高泰子

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20歳で才能が公に

最終回に取り上げる作曲家は、19世紀にドイツ・オーストリアで活躍したヨハネス・ブラームスです。

1833年に北ドイツのハンブルクで27歳のコントラバス奏者ヨハン・ヤコブと44歳の縫い子クリスティアーネとの間に長男として生まれました。父親から音楽の手ほどきを受けて8歳からオットー・コッセルにピアノを、その後ベートーヴェンの流れを汲むエドゥアルト・マルクスゼンに作曲と理論を学びます。

1853年、 20歳のブラームスは演奏旅行を行ない、ワイマールでフランツ・リスト、ゲッティンゲンでヴァイオリンの名手ヨーゼフ・ヨアヒムと知り合い、同年の9月には後に「ピアノ・ソナタ第1番ハ長調 Op.1」として出版することになる最初のピアノ・ソナタなどを携えてデュッセルドルフのシューマン家を訪れました。この時期にピアノ・ソナタの第1番、第2番などを作曲、またシューマンや同世代のディートリヒと《F・A・Eソナタ》を協作しています。

ブラームスの才能にシューマン夫婦はすっかり惚れ込み、ロベルト・シューマンは翌月の『新音楽時報』に「新しい道」というタイトルの論評を投稿して, その才能が公のものとなりました。またシューマンの妻であるクララとは、お互い敬愛し生涯に渡って親しく交流を続けました。

ブラームスの辞書に「贅沢」の文字なし

ブラームスの性格は、1888年と1893年のイタリア旅行時の振る舞いに見て取れます。質素な宿で満足し、ワインや高級オリーブオイルなど自然に恵まれた食材が豊富なイタリアに来たというのに、「物質的楽しみが過ぎることを自戒していた」という驚きの感想を述べています。

ブラームスがどんな料理を味わっていたか。17歳年下の友人であり作曲家・音楽評論家のリヒャルト・ホイベルガーが、1887年の出来事を詳細に記しています。

リヒャルト・ホイベルガー(1850-1914):オーストリアの作曲家、指揮者、評論家。グラーツで学んだ後ウィーンで合唱指揮者として活動、1902年からは音楽院でも教えた。批評家としてはウィーンとミュンヘンの新聞に寄稿し,ハンスリックの後任もつとめている。作品はオペレッタが多い


ブラームスは昨日、プラーター公園のハンガリー風居酒屋「チャールダ」に行ったそうだ。

 

「いいことを教えてやろう。食事はかなりのものだった。グラーシュは絶品だし、トプフェンパラチンケンも最高、ビールもワインも良い。何たって有名なジプシーバンドが出演しているんだよ!」

 

ブラームスはこの楽団に次から次へと弾いてもらったと、夢中で話していた。

 

『ブラームス回想録集2 ブラームスは語る』

ホイベルガーは、1892年にもブラームスと食に関して描写しています。若者のような食欲で豚肉のソテーをたいらげて、満足な様子だったとか。17歳も年上のブラームスの食欲旺盛ぶりに対する驚きが伝わってくる描写ですね。

ヨハネス・ブラームス(1889)

ブラームスがプラーター公園の居酒屋で味わったハンガリー風煮込み料理

今回は、最初に紹介した1887年のブラームスの食の逸話に焦点を当ててみます。ちなみに、ウィーンのプラーター公園のハンガリー風居酒屋の店名「チャールダ」は、ハンガリー語で「酒場」の意味で、正にそのものを名づけたわけですね。

ブラームスはここで、当時ハンガリーに多かったジプシーバンドにも言及していますが、この1887年はまさに重唱曲集『ジプシーの歌』Op.103を彼が作曲した年でもあります。

他にはヴァイオリンとチェロの独奏がつく二重協奏曲、ピアノとヴァイオリンのための第3ソナタなどもこの年の彼の仕事に数えられます。少し前に最後の交響曲(第4番)を書き上げた、いよいよ大御所となってきた頃のブラームスにかかわる食のエピソードなのです。

この逸話の2品目に登場するトプフェンパラチンケンは、ハンガリーから入ったクリームチーズ入りクレープです。パラチンケンは、ウィーンの独身男性が家でパーティをしたい時の定番メニューで、いわゆるかしこまったレストランの料理書にはほとんど載っておらず、レシピはメモをするほどのものでもなく口頭で伝わっていたとか。

なお、このパラチンケンはフランスのガレットと同じくチーズやハム、サラダを具に加えて軽食にすることも可能です。甘みと辛みの両方が味わえる、粉もの料理の特徴が表れています。

甘いパラチンケン

さて、今回紹介する1品はグラーシュです。グラーシュはハンガリー風煮込み料理(ハンガリー語ではグヤーシュ)で、パプリカを使うのが特徴です。1867年からオーストリア=ハンガリー帝国となったこの地では、グラーシュはとてもポピュラーな料理でした。1906年に刊行されたウィーン料理書には、グラーシュズッペという名前でレシピが掲載されています(ズッペはドイツ語でスープの意味)。その本を基に作ってみます。

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Nr. 115 グラーシュズッペ

(費用1クローネ)

 

タマネギひと玉を小さめに刻み、大さじ1/2杯分のラードを入れたキャセロールにタマネギを敷きつめ、軽く色づくまで加熱する。

 

そこにパプリカひとつまみ、500gのトマト(250mlの保存型トマトでもよい)、胡椒、酢、香辛料、塩、レモンピールを[適宜]加え、さらに300gの牛肉を適当に切ってよくローストしてから加える。

 

煮詰まってきたら750ml程度の水を適宜加えて肉がひたひたに覆われた状態を保ち、しばらく煮込む。

 

食卓に出す30分前になったら、薄切りにしたジャガイモ250gを加え、柔らかくなるまで肉と一緒に煮続ける。しかるのち肉を取り出し、包丁で小さく刻む。ジャガイモを崩してズッペ本体になじませ、そこに肉を戻し入れた後、砂糖と少量の酢(これは好みで)を加える。

 

そして茹でたショートパスタか、塩水で茹でた粉物を添えて食卓に供する。

 

(マリー・ドルニンガー『市民流ウィーン料理』)

 

「グラーシュズッペ」の特徴は、ハンガリーの土着(郷土)料理が国際都市ウィーンで洗練された点にあり、パプリカの量はハンガリー版グヤーシュに比べて控えめです。トマトやジャガイモなどの新大陸から来た「新顔」も旧来の野菜と混ざり合い、19世紀後半では、すっかりヨーロッパで人気のある野菜となりました。

食通ではないブラームスが絶品と評したウィーン版グラーシュをこのレシピで再現して、ブラームスに想いを馳せてみたいものです。

【音メシ!ブラームスの食卓】ウィーン版グラーシュ「グラーシュズッペ」

 

材料( 4人分)

タマネギ                          1個

ラード                           大さじ1/2

パプリカ粉                      1つまみ

トマト                           500g

コショウ                          小さじ1/2

白ワインビネガー             大さじ1

オレガノ                          2つまみ

ナツメグ                          2つまみ

塩                             小さじ1

レモンピール                    10g

牛肉                            300g

水                             750ml

ジャガイモ                      250g

砂糖                               適量

マカロニ(ショートパスタ)        30g

 

作り方

1. 鍋にラードと薄切りにしたタマネギをしきつめて、弱火で色づくまで炒める。

2.1にパプリカ粉、半分にカットしたトマト、コショウ、白ワインビネガー、オレガノ、ナツメグ、塩、レモンピールを加え、弱火で5分熱する。

3.細切りにした牛肉と薄くスライスしたジャガイモを2.の鍋に加えて熱し、肉から赤みが消えてきたら、水を注いで弱火で20分煮込む。

4.3.の牛肉を鍋から取り出して、ジャガイモを木べらなどで潰しながらスープになじませる。

5.  取り出した4.の牛肉を鍋に入れ、砂糖と白ワインビネガー適量を入れて、味をととのえる。

6.別の鍋でゆでたマカロニを加え、鍋をかきまぜる。お皿に盛りつけて完成。

 

ポイント

*ジャガイモに火が通ったら完成。火加減を見ながら作るとよい。

* マカロニの代わりに他のショートパスタや、クヌーデル(ドイツ語圏版の団子)などの粉ものを加えてもよい。

*  オレガノやナツメグの代わりに別のスパイスを使ってもかまわない。

遠藤雅司(音食紀行)
遠藤雅司(音食紀行)

歴史料理研究家。国際基督教大学教養学部人文科学科音楽専攻卒。2013年から世界各国の歴史料理を再現するプロジェクト「音食紀行」をスタートさせ、実食イベントやレストラン...

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