読みもの
2022.09.23
【Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画】ピーター・バラカンの新・音楽日記 3

冒険的な演奏ではないがクオリティが非常に高いトゥッツ・ティールマンスの新発見音源

ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。

Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。

●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

イラスト:山下セイジ

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先日番組宛てのリクエストの中に「セサミ・ストリート」のテーマをかけて欲しいというのがありました。40年にわたって放送の最後に流れたあのハーモニカの演奏は脳裏に焼き付いています。当然音源が市場に出ているものだと思うものの、どんなに探しても見つかりません。ハーモニカの名人トゥッツ・ティールマンスの最も有名な演奏なのに、実に不思議なことです。

ベルギー生まれのトゥッツ・ティー ルマンスは2016年に亡くなりました。94歳でした。3歳から自家製のアコーディオン(!!)を弾いていたとのことですが、ハーモニカは10代から、またギターも同じ頃にジャンゴ・ラインハルトのレコードを聴いて独学で弾けるようになりました。誰でもそうですが、育つ時期と場所によって決定的な影響を及ぼす出会いがあります。ジャンゴの音楽に触発されたトゥッツは第二次大戦が終わる1945年には25歳、大学で学んだ数学をやめてプロのミュージシャンになったのです。

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ジョン・レノンに影響を与えた、ハンブルグでのギター演奏

ちょうどビバップが人気を得始めていたこの時期にチャーリー・パーカーなどのレコードを聴いて、1949年にはパリでパーカー、マイルズ・デイ ヴィス、マックス・ローチやシドニ・ ベシェのジャム・セッションに参加することができました。その後ベニー・グッドマンのバンドにギタリストとして雇われ、1952年にはアメリカに移住し、アメリカ国籍を取得しました。チャーリー・パーカーやマイルズ・デイヴィスとも共演しましたが、1953年からしばらくジョージ・シアリングのグループにギターとハーモニカの両方で参加することになって、1960年ハンブルグで演奏している時に、トゥッツが意識しないところで後世に大きな影響を与えてしまったのです。

たまたまその演奏を見にきていた無名なイギリスのミュージシャンは、トゥッツが弾いているリケンバカーのエレクトリック・ギターを気に入って、自分で同じモデルを買いました。その人は(いうまでもなく)ジョン・レノンでした。

盟友ロブ・フランケンと録音したFumu(BGM)の演奏は思わぬめっけものだった

トゥッツは早くからハーモニカ奏者としての才能が認められ、ジャズの世界では彼の前にはおそらく誰も使ったことがないほどの、この楽器の存在を一人で確立しようとしたものです。またギターも堪能で、即興のソロを弾きながら同じ音を口笛でダブらせるという得意技をよく披露したのです。

前触れは長くなりましたが、ついこの前そのトゥッツ・ティールマンスのとても面白いアルバムが発表されました。1973年から83年までの間に収められた様々なセッションを集めた3枚組のCDで、どのセッションでも共演しているのが、オランダのエレクトリック・ピアノ奏者ロブ・フランケンです。このロブ・フランケンはオランダではそこそこ知られていたミュージシャンのようですが、83年に42歳で突然の内出血のために亡くなりました。

「トゥッツ・ティールマンスmeetsロブ・フランケン スタジオ・セッションズ1973-1983」【3枚組】 MZCQ-132 ネーデルランド・ジャズ・アルヒーフ

CDの解説を担当したジャーナリストのトン・オーヴハンドが2002年にトゥッツにインタヴューした際に、一番影響を受けたミュージシャンは誰かと訊いて、当然ハーモニカ奏者の名前をあげるかと思うと、返ってきた名前がロブ・フランケンなので驚いたのだそうです。

トゥッツとロブは1970年代初頭に同じカルテットで演奏していたと言います。トゥッツはもう50歳前後で、本人は自分の演奏が前時代のちょっとダサい感じになっていると悩んでいたけれど、ロブのソロにすごく魅力を感じていました。1973年のある日、 ロブから軽いスタジオ・ワークのセッションに呼ばれました。「Fumu」(Functional musicの略、その言い方をこれまで全く聞いたことはありせんでした)、つまり日本で言うBGMの録音です。2時間の仕事でギャラは当時のお金で250ギルダー、現在 の日本で言えば 6万円ほどです。

トゥッツが語ります。「録音したものを聴き返したらロブの演奏がとても新鮮だった。そのテープを編集して、ロブのソロの部分だけをカセットにコピーして、それを延々と分析して彼の“語彙”を学んだ。すごく参考になったね。ロブは私よりずっと若くて、ハ ービー・ハンコックやチック・コリアからの影響が彼の演奏から聴こえた。私はしばらく閉じこもって、ロシア語か中国語を勉強する語学の学生のように、ロブのソロばかりを聴き続けた。私のスタイルと思われているものの最も重要な要素はロブ・フランケンからの影響だ。彼は謙虚にただのクセのフレイズのようなものだと言っていたけど、私にとっては最高だった」。

その「Fumu」の音源はきっとスー パーマーケットなどで流れたものでしょう。しかし、公式に発表されたことはなかったのです。ところが、そのテープが後に浮上し、このセットにその16曲が収録されています。大部分はスタンダードやジョビンの曲など、それにトゥッツとロブの自作も少しあります。決して冒険的な演奏ではありませんが、クオリティは非常に高く、functionalというのは機能するということですが、それは見事に機能しています。BGMがこれだけ優れたものならスーパーの店員になってもいいかも知れません。トゥッツの唯一無二のハーモニカと口笛付きギター、そして時にマックス・ミドルトンを思わせるロブのフェンダ ー・ローズと若干のシンセサイザーは落ち着きもあり、時々はっとする即興も展開します。最近車に乗る時このアルバムを繰り返し聴いていますが、思わぬめ っけものでした。 

ピーター・バラカン
ピーター・バラカン ブロードキャスター

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...

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