
「好き」の中身を分解してキャリアを考えてみよう

「音楽が好き」という言葉を、私たちはあまり疑いません。けれど、その中身は人によってまるで違います。音楽大学でキャリアの授業を4年間受け持ってきた筆者が、授業の最初に投げかける問いに、ここでご一緒に答えてみましょう。好きの中身が見えると、進める道の数が変わってきます。

東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。テノールとして演奏活動を行ったのち、一橋大学大学院で経営学修士(MBA)を取得し、コンサルティング会社を経て現職。企業向け研修を企画か...
「なぜピアノが好きなのですか」に、全員が詰まる
音楽大学でキャリアデザインの講座を、4年間受け持ってきました。初回の授業で、私は必ず同じ質問をします。
「あなたは、なぜピアノが好きなのですか」
このピアノの部分の楽器は人それぞれですが、問いは同じです。
この問いに、すらすら答えられた学生を、私はまだ見たことがありません。小さい頃から続けてきた人ほど、言葉に詰まります。好きなことが当たり前すぎて、理由を考えたことがないのです。
そこで、質問を変えます。
「ピアノをやっていて、嬉しかった場面を思い出してください」
すると、答えは急に具体的になります。「先生に褒められた」、「隣りの子より早くバイエルが進んだ」、「発表会で、拍手が思ったより長く続いた」。
この答えを並べてみると、気づくことがあります。ピアノという楽器そのものの話が、ほとんど出てこないのです。出てくるのは、取り組んだことが形になった瞬間と、それを誰かに認めてもらえた瞬間です。多くの人にとって、ピアノは「成功体験を積む場」でもあったのです。
ここで一つ、問いが生まれます。この人は、本当にピアノが好きなのでしょうか。それとも、何かに取り組んで、それが形になっていくことが好きなのでしょうか。
どちらが正しいという話ではありません。ただ、この2つは、将来につながる道の数がまったく違います。
「好き」は、一つのかたまりではない
「好き」という感覚は、分解してみると、いくつかの中身が混ざり合ってできています。授業ではこの中身を6つに分けて見ていきますが、ここではそのうち3つを例に挙げます。
- 音そのものの心地よさ:その楽器の響きが好きで、聴いているだけでも満たされる
- 上達していく実感:できなかったことができるようになる、その変化が喜びになる
- 人の反応:合奏の一体感や、聴いてくれた人の表情、「認めてもらえた」という手応え
授業で分解してみると、こんな学生がいます。
「演奏が好きだと思って続けてきた。けれど、よく振り返ると、コンクールという目標に向けて全力で準備する時間が、何より好きだった」
目標があると燃える、という自分の性質が、そこで初めて見えてきた学生です。
他にも、「尊敬する先生に認められたい気持ちが、練習の原動力だった」と気づいた学生もいました。音楽の世界では、レッスンの先生は師匠であり、ときに神さまのような存在になります。その人に「よくなった」と言われたい。その一心で、何時間も練習室にこもっていたのです。
「認められたい」という気持ちは、承認欲求という言葉にすると、少し後ろ向きに聞こえるかもしれません。けれど、これは立派な原動力です。誰かの期待に応え、成果で評価を得て、次の仕事を任される。会社という場所は、まさにこの力が生きる場所でもあります。
自分の本体がどこにあるか、見極める簡単な方法があります。
「もし、誰にも一生聴かせられないとしても、続けますか」
こう自分に聞いてみてください。考え込むと建前が混ざるので、直感で即答するのがコツです。
答えが「続ける」なら、音そのものや上達の実感が本体の候補です。答えが揺れるなら、人の反応が、あなたの好きの大きな部分を占めています。どちらであっても、よい悪いはありません。
私の場合は、しくみが「腑に落ちる」快感だった
私自身の話をします。東京藝術大学の声楽科で学び、卒業後はテノールとして演奏活動をしていました。今は、企業で働く人向けの研修を企画し、講師として教壇に立つ仕事をしています。
転機は、意外なところにありました。大学2年のとき、大学祭で演奏を聴いてもらいながら飲食を出す模擬店の、店長を任されたのです。学年の仲間から運営費を集めた時点で、早速つまずきました。集めたお金が「売上」なのか、別の何かなのか、区別がつかなかったのです。
後年、経営学を学んで、お金の出入りを整理する記帳の方法を知ったとき、素直に感動しました。あのときの混乱が、全部きれいに整理できる。そうわかった瞬間、自分がどんなことに強く反応する人間なのかが、初めて見えた気がしました。
私が惹かれていたのは、込み入ったものが整理され、しくみとして腑に落ちる、その瞬間でした。研修という仕事の中で、毎日のように顔を出すこの性質は、音楽の中でも生きます。
たとえば歌曲なら、まず詩を読みます。どの行とどの行が対になっているのか、韻はどこで踏まれているのか。それを作曲家がどう受け取り、どのフレーズを呼応させ、どこへ向けて和声を運んだのか。詩と音楽のしくみが一本につながって見えた瞬間、歌い方はひとりでに決まります。
一方で、舞台で培ったものも、形を変えて残っています。人の前に立ち、声と間で場を動かす技術です。研修の講師として教壇に立つとき、私はいまも、あの舞台袖の呼吸を使っています。好きの本体は変わらず、関わりかただけが変わった。それが私のキャリアだと思っています。
本体が見えると、音楽の中にも外にも道がつくられる
授業の中で、印象に残っている学生がいます。
「どんな環境でも、自分は一定の成果を出す」。それを自分の中のプロ意識として、言葉にして持っていた学生です。その学生は音楽の世界で活躍することを望んでいましたが、卒業後は一般企業に進みました。そこでも任された職務に同じ責任感で向き合い、評価を得ています。
この学生の本体は、ピアノの音でも、特定の舞台でもなかったのでしょう。自分で引いた基準を、どんな場でも守りきること。それが本体だったから、場所が変わっても揺れなかったのだと思います。
ここで一つ、お伝えしておきたいことがあります。この分解は、音楽から離れるためだけの道具ではありません。むしろ、音楽を続けたい人にこそ必要だと、私は考えています。自分の本体を知らないまま活動を組み立てると、演奏は続けられても、本体は満たされません。そのまま、いつの間にか消耗していくことがあるからです。
「なぜ好きなのか」繰り返し問いかけて、道を見つけよう
本体が「上達の実感」なら、自分が弾くことに加えて、人の上達に関わる道も満たしてくれるかもしれません。本体が「人の反応」なら、自分が出演する舞台に加えて、場を企画する側に回る道もあります。音楽の中にも、外にも、それぞれの道があります。「音楽を離れる」と「好きを諦める」は、別のことなのです。
もちろん、分解の結果に反発を覚えることもあるでしょう。「自分にそんな仕事は向かない」と思うのは、ごく自然な反応です。ただ、それは多くの場合、まだ出会っていないだけです。無理に進む必要はありません。頭の片隅に置いておく。それだけで、いつか出会いが来たとき、その道がちゃんと生きてきます。
今日見つけた答えは、今日の答えです。半年後にもう一度問いかけてみると、違う中身が浮かび上がってくるかもしれません。それでいいのです。「なぜ好きなのか」に一度でも自分の言葉で答えてみた経験は、この先何度でも使える手がかりになります。
※本文に登場する学生の話は、授業で出会った複数の学生の話を、個人が特定されないように組み合わせて書いています
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