
『メサイア』はハレルヤだけじゃない!~BCJ鈴木雅明&優人が語る、一歩進んだ名曲入門

クリスマスのサントリーホールに、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の『メサイア』が響くようになって25年。2001年に始まったこのシリーズは、いまや東京の年末に欠かせない風物詩だ。節目の年を前に、BCJ創設者で音楽監督の鈴木雅明さんと、首席指揮者の鈴木優人さんにそろって話を聞いた。25年の歩み、バッハとは違うヘンデルの面白さ、初めての人にも伝えたい聴きどころ。そして話題が互いの音楽性に及ぶと、父と子の遠慮のないやりとりの中から、演奏解釈の本質がにじみ出る興味深い内容となった。

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
父から子へ~「聖夜のメサイア」25周年はBCJの歩みとも重なる
――25年間、毎年続けてこられたのはすごいことですね。
雅明 最初は「3年間お願いします」と言われたんですよ。それなら3つ違う版をやろうと、普通の版、ダブリン初演版、モーツァルト編曲版を演奏しました。その後も続くというので、孤児養育院版もやってみたり。ただ最近は、正直、どの版でも一緒だなと(笑)。一緒じゃないんだけど、それぞれ同じように面白いから。ヘンデルはソリストに合わせて調性を変えたりもする、ほんとうに歌い手に寄り添った人で、いくらでもフレキシブルだったんです。
――編成も、時代によって巨大化しましたよね。
雅明 とくに死後ですね。1784年にウェストミンスター寺院で500人くらいで演奏している絵が残っているんですが、面白いのは8割以上が器楽奏者なんです。「一万人の第九」なら大半は合唱でしょう。そうじゃなくて、ファゴットが2列ぐらい並んでいたりする。
――BCJ自身は、25年でどう変わりましたか。
雅明 そんなには変わらないんです。というより、なるべくそうありたい。ただ、今でも『メサイア』の前には必ず数日間リハーサルをするし、毎年必ず議論がある。「去年はこうだったのに、なんで今年はこうするの?」と言う人がいて、一生懸命説明しなきゃいけない。メンバーの中にはちょっとこだわりが強いのがいっぱいいるので(笑)。でもそのおかげで、フレッシュでいられるんです。
優人 この時期になると必ず『メサイア』をやる、というリズムがみんなの体に入っていますね。実は今年は、12月15日にロンドンのバービカンで『メサイア』を指揮します。BCJで、バービカンに呼ばれて。その前日がオランダ、サントリーホールのあとにはシンガポールでも演奏します。
――25周年にふさわしい『メサイア』ツアーですね。
雅明 ちょうどその時期に僕はシカゴ交響楽団で『メサイア』を指揮しているんです(2026年12月17~19日)。
アメリカのオーケストラで振ると、『メサイア』は皆ほんとうに上手に弾くんですが、演奏会は絶対に2時間を超えてはいけないと言われる。音楽だけで2時間40分ある曲ですから、必ずカットさせられます。その点、サントリーホールでは極めてシリアスに、正しい『メサイア』をやってきました。一度も省略していませんからね。

――ハレルヤ・コーラスで起立する習慣については?
雅明 あれは王様が立っちゃったから、みんな立たざるを得なかったんですよ。
優人 その前のテノールのアリアがカッコよかったから、立っちゃったのかもしれない(笑)。
雅明 何の理由もないんです。僕らがオランダに留学していた頃は、ちらほら立っている人がいると、周りは「まだあんな古臭いことを」と言っていましたね。でも起立するかどうかは、本来は聴き手の自由にすべきだと思っています。
そもそも、バッハとヘンデルは何が違う? ヘンデルの面白さとは?
――バロックといえばまずバッハ、という方も多いと思います。ヘンデルとは何が違うのでしょう。
優人 当時の作曲家はみんな書くのが速いんですが、ヘンデルは飛び抜けて速い。ヴィオラ・パートなんて、目をつぶって書いたんじゃないかというところもある(笑)。「メサイア」は24日間で書かれています。その分、魅力の部分だけをパッと作っている。歌が輝いて、リズムや調性感がキャッチー。オペラの作曲家ですから、聴衆を飽きさせないことに全力投球しているんです。

指揮者、作曲家、ピアニスト、チェンバリスト、オルガニスト。東京藝術大学およびオランダのハーグ王立音楽院を修了。アムステルダム音楽院にも学ぶ。バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)首席指揮者、関西フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者、アンサンブル・ジェネシス音楽監督。指揮者として、NHK交響楽団、ハンブルク交響楽団、オランダ・バッハ協会など、国内外の多数のオーケストラに客演。2025年1月BCJとのヨーロッパ公演で指揮を務め、パリを始め各地で高い評価を集めた。オペラにも積極的に取り組んでおり、Bunkamura Produce 24年『魔笛』、25年『ドン・ジョヴァンニ』、26年『フィガロの結婚』で指揮を務め、いずれも大きな話題を呼んだ。NHK-FM「古楽の楽しみ」レギュラー案内役、テレビ朝日系列「題名のない音楽会」、NHK「クラシックTV」「ららら♪クラシック」などメディアへの出演も多い。CD録音もBCJとのJ. S. バッハのチェンバロ協奏曲集(BISレコード)など多数。調布国際音楽祭エグゼクティブ・プロデューサー。九州大学客員教授。神戸松蔭大学客員教授。
雅明 二人とも同じドイツの土壌から出発していて、対位法の技術に優劣はないと思います。でもバッハは、人が理解できてもできなくてもやってしまう。ヘンデルは、人が理解できないことは絶対にやらない。「And He shall purify」(第7曲:彼はレビの子孫を清める)でも、複雑な対位法が一瞬出てきては、すぐに諦めてしまう。諦めていないのかもしれないけど(笑)。
優人 あの曲では、テーマの次はアルトが歌うべきなのに、突然テノールが歌い出す。バッハが見たら「お前何やってんだ」となりますよ(笑)。ハレルヤ・コーラスでも、声楽のアルトパートのある部分

指揮者、オルガニスト、チェンバリスト。東京藝術大学で作曲とオルガンを学び、アムステルダムのスウェーリンク音楽院でトン・コープマンとピート・ケーに師事。1990年にバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)を創設して以来音楽監督を務め、バッハ演奏の第一人者として国際的に評価されている。BCJとの欧米の主要ホールや音楽祭への出演に加え、ニューヨーク・フィルやライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などモダン・オーケストラにも客演し、2025年にはモンテヴェルディ合唱団とイングリッシュ・バロック・ソロイスツに初登場した。BISレーベルでは、18年をかけて2013年に完成した教会カンタータ全曲シリーズ(全55巻)がエコー・クラシック賞に輝き、モーツァルト《ミサ曲ハ短調》とバッハ《マタイ受難曲》の録音はグラモフォン賞を受賞。チェンバロ作品全曲やオルガン作品の録音も高く評価される。教育面では東京藝術大学名誉教授、イェール・スコラ・カントルム首席客演指揮者などを務める。ドイツ功労十字小綬章、ライプツィヒ市バッハ・メダル、サントリー音楽賞、2024年旭日小綬章、2025年ジュリアード音楽院名誉博士号など受章・受賞多数。
雅明 初演の時はヴァイオリンがものすごくたくさんいて、半分はアマチュア的な人だったと言われています。ハレルヤの頭に、初演版にだけSenza ripieno、つまり「トゥッティは黙れ」と書いてあるのは、大勢いたアマチュアたちを黙らせたかったんじゃないかと(笑)。
バッハには、これは十字架の音型だとか、1回聴いただけではわからない秘密が隠されている。だから研究していくと底なし沼なんです。ヘンデルの場合は、秘密を探るより、いかに楽しみを享受するか。心や耳を楽しませる面は、バッハより強かったと思います。古めかしいドイツの伝統から出て、イタリアへ、そしてロンドンへ行った人ですからね。チャールズ・バーニーが当時の見聞録で「名を揚げたい者はみんなロンドンに来る」と書いていますが、ロンドンのそういうエンターテイナー的な性格は、いまだにありますね。
ここに注目!指揮者目線の『メサイア』聴きどころ
――初めて聴く方に、聴きどころを教えてください。
優人 まずは3部構成を知っておくといいですね。第1部はざっくり言うとクリスマスの話、第2部は受難の話で、ハレルヤで楽しく終わる。第3部がちょっと難しいんです。サントリーホール制作の解説ビデオもYouTubeにあるので、ぜひ見てください。僕ががんばって話しています(笑)。
名曲まるわかり!クリスマスを彩るヘンデル『メサイア』レクチャー(お話:バッハ・コレギウム・ジャパン首席指揮者 鈴木優人)
雅明 僕がいちばん面白いと思うのは、第2部冒頭からの受難のストーリーです。第19曲の「Behold the lamb of God」(見よ、世の罪を取り除く神の小羊を)から激しい合唱が続き、とても劇的で、どこか受難曲的。そして第29曲で初めて、復活のメッセージが歌われる。『メサイア』で復活を語るのは、実はここだけなんです。
――個人的には、ハレルヤの少し前のバスの超絶技巧的でスピード感のあるアリア、「Why do the nations」(第36曲「なぜ国々はともに怒りたち」)が好きなんです。そして次のテノールのアリアでおごり高ぶった支配者が打ち砕かれ、そこへハレルヤが来る流れがいい。
雅明 そこで「Thou shalt break them」(彼らを打ち砕き)と歌うでしょう。このthemとは誰なのか、という議論があるんです。台本作者ジェネンズの時代には、キリスト教が勝利する、そして同時にイギリスが勝利する、という背景があった。聖書ではKingdomsと複数なのが、ハレルヤではthe Kingdomと単数になっていて、明らかにイギリスのことなんですね。ただ、そういう暗い背景をも凌駕するほどの音楽がここに現れ出た。それがヘンデルの力だと思います。
優人 僕は、その時代の問題を今の聴衆がすべて抱え込む必要はないと思うんです。『メサイア』の歌詞は聖書の言葉だけでできている。だからこそ、いつの時代にも普遍的に語りかけてくれる曲なんです。

「トランペットがどこで吹くかも毎年のお楽しみですね」(優人)
――では、ハレルヤのあとに続く第3部とは?
雅明 終末、この世の終わりです。ヨハネの黙示録のように、最後に神が勝利するという信仰を歌う。
優人 死とその勝利、永遠の命ですね。トランペットが鳴ると、死者がよみがえる。トランペットのアリアは超絶技巧の見どころです。その前のア・カペラ、「Since by man came death」(第41曲:死がひとりの人によって来たのだから)では、その年の合唱の出来が一瞬でわかります。BCJは当初ア・カペラをほとんど歌っていなかったんですが、毎年アンコールのキャロルで鍛えられた。僕のアレンジがすごく難しいので(笑)。
それから、トランペットとティンパニが出てくるのは節目だけ。ティンパニが鳴り出したら節目なんだな、とわかる。最後のアーメン・フーガは、3時間聴いてきたご褒美みたいなカタルシスです。
雅明 あれはなかなか易しくないフーガですよ。途中でヴァイオリンだけになって、もう一回バーンと出てくる。すごくオペラティックです。
鈴木雅明vs優人 父と子はお互いの音楽性をどう見ている?
――お互いの音楽性を、どうご覧になっていますか。
雅明 自分と違うと思ったのは、生まれた時からです(笑)。音楽家になってほしいと言ったことは一度もない。ただ、オルガンのストップの名前のような変わった単語が通じない息子じゃつまらないな、とは思っていました。結果として音楽家になってくれたのは、とてもハッピーです。
でもやり方は全然違う。チェンバロでも、僕はトン・コープマンに、優人はボブ・ファン・アスペレンに習って、価値観が決定的に違うんです。僕は、ここはいい和音だからわからせなきゃと、説明的に弾いてしまう。優人のチェンバロは実にクールで客観的で、僕にはああいうふうには弾けない。
優人 父のことは、偉いなあと思っていつも見ていますよ。一度、音楽祭で出演者に自己紹介を一言お願いしたら、父は「勤勉な楽天家」と書いてきた。ほんとうにその通りだと思いました。
雅明 勤勉でありたいし、楽天的でもありたい。どちらも実現していないかもしれないけどね(笑)。
優人 父は、何かを決めて固めるのが好きなんです。僕のリハーサルは、できることを増やしたいリハーサル。まず音を出してみると、みんなが持ってきた青写真がわっと集まる。その混沌から、どの方向へ行くか筋道を立てていく。混沌から光へ、というのがリハーサルのあるべき姿だと思っています。音楽は全部即興であるべきだと思うので。
雅明 その考えは、すごくよく理解できますよ。でも僕は、どちらかというと事前に準備してしまいますね。
優人 父は、BCJで百何十タイトルものレコーディングをしてきて、1枚に何日もかけて議論を重ねてきた。それがBCJの強さです。そのBCJがあるからこそ、僕の役回りはその反対側かなと。「これはこう弾くもの」と根拠なく思い込んでいるフレーズはたくさんある。とくに『メサイア』のような誰もが知る曲では、新しい視点がとても楽しいと思うんです。

©Naoya Ikegami/Suntory Hall
――優人さんは小学生の時に『マタイ受難曲』の論文を書いたそうですが、一種の天才肌ですね。
優人 マタイについて書きたかったのも多少ありますけど、新しいワープロを使ってみたかったんですよ(笑)。
雅明 ある時帰ってきたら、勝手に単語登録がされていて、「と」で「どこでもドア」とか(笑)。ともあれ、こんな父親がいたら、さぞ面倒くさいだろうなと思いますけどね。
――「勤勉な楽天家」に対して、優人さんは何でしょう。
優人 「放蕩する悲観家」かな(笑)。
雅明 でも、ある意味で楽天的で、ほんとうに心が喜ぶことしかやらない。それはとてもいいことだと思っていますけど。
優人 今朝もトイレ掃除をしましたよ。人がやらないこともやっていますよ(笑)。
雅明 昔から、妻が試験前に「勉強しなさい」と一生懸命言えば言うほど、優人はうまくできなくなっちゃうんです。
優人 今の説明は不正確です。うまくできなくなったんじゃなくて、絶対にやらなかった(笑)。
サントリーホールの響きが生む 特別な『メサイア』
――最後に、サントリーホールで『メサイア』を演奏する魅力を聞かせてください。
雅明 不思議なことに、大きなシンフォニー・オーケストラはもちろん、どんなに編成が小さくなっても、聞こえ方がひじょうに美しくて、音が痩せないんです。せりを上げ下げするだけでも響きが変わる。古楽器は音が小さいと言われることもありますが、ここではそんなことはまったくない。
優人 クリスマスを過ごす場所として、申し分のないところです。毎年聴きに来てくださるお客様がほんとうに多いし、素晴らしい演奏家たちが立ってきたこの舞台で演奏できるのは、みんなにとって嬉しいことなんです。コロナ禍から続けている配信もありますから、遠方の方にもぜひ。今年はロンドンの香りを持って帰ってきますよ。
日時:2026年12月24日(木) 18:30開演(21:40終演予定)
会場:サントリーホール 大ホール
出演
指揮:鈴木優人
合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン
ソプラノ:安川みく
アルト(メゾ・ソプラノ):ロクサーナ・コンスタンティネスク
テノール:セイル・キム
バス(バリトン):大西宇宙
曲目
ヘンデル:オラトリオ『メサイア』HWV 56
料金
S席12,000円 A席9,500円 B席7,000円 P席5,000円 U25席1,500円
※U25席はサントリーホールチケットセンター(WEB・電話・窓口)のみ取り扱い。25歳以下、来場時に身分証提示要。お一人様2枚限り。
問い合わせ:サントリーホールチケットセンター 0570-55-0017(10~18時 休館日を除く)
有料オンライン(ライブ&リピート)配信
視聴券 2,500円
ライブ配信視聴期間:2026年12月24日(木)18:30開始~終演
リピート配信視聴期間:2026年12月25日(金)18時30分~12月30日(水)23時
視聴券一般発売:2026年12月1日(火)10時~
視聴券取り扱い:
イープラス【Streaming+】
※関連リンクよりご購入案内にお進みください。
公演詳細はこちら
関連する記事
-
読みもの作曲家との結婚は人生の墓場!?〜モーツァルトとハイドンの妻vsバッハの妻
-
読みものベートーヴェンのお父さんは毒親だった?! 作曲家の親子関係
-
読みもの愛の名曲3選~ワーグナー、エルガー、シューマンの愛のカタチ
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
新着記事Latest













