
山田和樹が語る、東京混声合唱団の70年――「生きながらえる奇跡」をつなぐ
1956年に創設され、日本の合唱界を牽引し続けてきた東京混声合唱団(東混)が創立70周年を迎えた。2026年10月23日、東京芸術劇場にて音楽監督兼理事長の山田和樹と常任指揮者の水戸博之による取材会が開催された。
東混=“奇跡”
東京混声合唱団の音楽監督兼理事長を務める指揮者の山田和樹はユーモアを交えつつも切実な面持ちで口を開いた。
「合唱団が存続できていること自体が奇跡。だから東混イコール奇跡です」
「とっくにつぶれていてもおかしくない」とも言えるような厳しい運営状況の中で歩んできた歴史を振り返った。世界を見渡しても、プロ合唱団が給料制で継続的に活動できる背景には、放送局か歌劇場の専属であるケースしかないという。独立した職業合唱団として存続し続ける難しさを知るからこそ、理事長としての使命を強く自覚している。
山田 僕の音楽活動、理事長としての使命は「いかに今生きながらえるか」。田中信昭先生から岩城宏之先生へと受け継がれてきた脈々とした流れを、自分が最後の音楽監督にしないこと。次の世代にバトンタッチしていくことが最大の使命です。

2009年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。これまでに、スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼音楽監督を歴任し、現在は、バーミンガム市交響楽団音楽監督、ベルリン・ドイツ交響楽団首席指揮者兼芸術監督を務める。近年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン交響楽団等にもデビュー。また日本では、学生時代に創設した横浜シンフォニエッタ音楽監督、東京混声合唱団音楽監督兼理事長、東京芸術劇場音楽部門芸術監督などとして活動を展開している。東京藝術大学指揮科で松尾葉子・小林研一郎の両氏に師事。これまでに、世界すべての国の206の国歌・愛唱歌を現地語で歌唱録音した東京混声合唱団との“アンセム・プロジェクト”(キングレコード/2020年)、世界初録音となったモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団/東京混声合唱団との「サン=サーンス:歌劇『祖先』」(Bru Zane/2025年)、ドイツ・グラモフォンからのデビュー盤となったバーミンガム市交響楽団との「ウォルトン:交響曲第1番・第2番ほか」(ドイツ・グラモフォン/2026年)をはじめ、オクタヴィア・レコード、PENTATONE、EXTON、日本コロムビア(DENON)などから、多くのCDを発表している。
水戸博之(右)
北海道江別市出身。 東京音楽大学作曲指揮専攻(指揮)、同大学大学院修士課程を修了。 指揮を広上淳一、汐澤安彦、田代俊文、三河正典、加納明洋各氏に、ピアノを奥山優香、北島公彦、米田栄子、野田清隆各氏に師事。大学卒業後はアシスタントとして広上淳一、川瀬賢太郎、山田和樹氏の下で研鑽を積み、2016年にはNHK交響楽団より当時の首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィ氏のアシスタントコンダクターとして任命され、同楽団の公演に携わった。これまでに国内の数多くのオーケストラと共演の他、東京混声合唱団、新国立劇場合唱団との共演も多く、2024年には東京混声合唱団のヨーロッパツアーで、モナコ、フランス、ルクセンブルクにて指揮し高い評価を得た。現在、東京混声合唱団常任指揮者を務めている傍ら、東京音楽大学指揮科、東京音楽大学付属高校の講師として後進の指導にも当たっている。
東混は「なくてはならない存在」
現在、バーミンガム市交響楽団の音楽監督および2026/2027シーズンからはベルリン・ドイツ交響楽団の首席指揮者兼芸術監督を務めるなど、欧州での多忙な活動から日本を離れる時間も多い山田だが、「東混の歌声は自分の一部。苦楽を共にする家族のような存在だからこそ、投げ出すという選択肢はない。死ぬまでやり続ける」と熱く語った。
山田 「(東京混声合唱団の音楽監督を)なぜやっているんですか。お忙しいから海外に集中なさったらどうですか」とはっきり言われることも多いのですが、僕にとって、東混というのは救いの存在なんです。僕が海外で活動できていること、今のポストにあること、それは東混なしには語れない。これまで、東混の歌声に癒され、パワーをもらって、自分にとって未知の世界である海外のオーケストラの指揮台に立つことができたのです。

1956年に創設された日本を代表するプロ合唱団(音楽監督山田和樹)。東京・大阪での定期演奏会、内外のオーケストラとの共演やオペラへの出演、青少年を対象とした鑑賞音楽教室、海外公演を含む年間150回の公演のほか、数多くのレコーディングやテレビ、ラジオへの出演がある。レパートリーは、創立以来行っている作曲委嘱活動で生まれた250曲を超える作品群をはじめ、内外の古典から現代作品までと幅広く、各地の合唱団や青少年との合同演奏、指導者派遣、ワークショップ・解説付きコンサートも精力的に開催している。文化庁芸術祭大賞、音楽之友社賞、毎日芸術賞、京都音楽賞、レコード・アカデミー賞、サントリー音楽賞、中島健蔵音楽賞などを受賞。2024年10月にモナコ・フランス・ルクセンブルクを回るヨーロッパツアーを敢行。山田和樹指揮モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団とは、同団初演作品であるサン=サーンス歌劇『祖先』を再演。現地メディアからも高く評価され、大きな成果をおさめた。
Ⓒ 中村紋子
「錬金術」が育んだ東混スピリッツと100周年に向けた展望
東混はこれまで幾多の危機に直面しながらも、その都度アイデアで乗り越えてきた。合唱団が資金のない黎明期に創設者の田中信昭が、武満徹、三善晃、林光といった同世代の作曲家たちに手紙を書き、数々の名曲を生み出してきた歴史について、山田は「錬金術」と表現する。
続いて、山田は東混ならではの象徴的な制度を紹介。合唱団側ではなく団員自らが発案した「給料査定」について説明した。指揮者の前で一人ずつソロで歌い評価を受ける、という緊張感と向上心が、個々の高い技術と東混の歌声を支えているという。
今後のコンサートは、2027年1月に三善晃の唯一のオペラ《遠い帆》の全曲演奏会が企画されている。山田は、高校時代に三善作品と出会い、後に東京混声合唱団の指揮者として三善の「レクイエム」を指揮する公演で、三善本人と初めて対面する機会を得た。緊張する山田が「先生の世界に近づけますか?」と尋ねると、「信じてますから」という一言を口にしたという。その言葉を大切にしてきた山田にとって渾身のプロジェクトだ。
70周年という節目は、100周年へのスタートラインでもある。海外での研鑽や、東京混声合唱団が拠点とする地域に根差した活動「Meet up with TOKON」、ユース合唱団を通じての若手育成など、次代を見据えた合唱団の挑戦は続く。
ポッドキャスト「ONTOMO Radio」に東京混声合唱団メンバーが出演!
「体が楽器、体が資本」歌声を支えるプロの仕事術|プロの合唱団のお仕事拝見!【前編】
指揮者・田中信昭と山田和樹から言われた心に残る言葉|プロの合唱団のお仕事拝見!【後編】
関連する記事
-
読みもの恋愛してはいけない身なのに……モーツァルト《フィガロの結婚》の「美しい思い出はど...
-
読みもの本当の恋愛をしないと恋心を表現できない? ビゼー《カルメン》の「ハバネラ」を処方...
-
読みもの東京混声合唱団パートマスターが語る~「体が楽器、体が資本」歌声を支えるプロの仕事...
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
新着記事Latest
















