きら星のような中世の楽譜を見る——国立西洋美術館「写本彩飾の精華」
1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、「日経アート」誌編集長、日本経済新聞美術担当記者等を経て、2012年から多摩...
ル・コルビュジエの建築が印象的な東京・上野の国立西洋美術館の常設展会場の一画で、きら星のような企画展が開かれている(10月18日まで)。何がきら星なのかって? 額装された中世の楽譜数十枚が展示されており、一葉一葉が美しく、壁面でまさにきらきらと輝いているのだ。
展示室前の看板に拡大してレイアウトされていた出品作の1点の一部分を見るだけで、気持ちが高まった。展示室に入ると、楽譜が額縁に入れて飾られているのが目に入った。その空間では、まさに「飾られている」という言葉がぴったりの美しさをたたえていた。ここで、ちょっと立ち止まって考えてみる。これは部屋を彩るための絵画ではなく、楽譜である。音楽を記号で伝える媒体としての楽譜が、なぜこんなに美しいのだろう?
これらの楽譜は、すべて「写本」、つまり印刷ではなく職人によって手で書かれたものだ。15世紀に活版印刷術が発明される前までは、欧州では書籍といえば書き写すものだった。今回展示された楽譜もその流れの中で生まれたものである。
その美しさには明らかに、手書きであることの自由さが大きく寄与している。五線ではなく四線の上に音符が書かれた中世の楽譜はネウマ譜と呼ばれる。それぞれの音符には長さを示す旗などは立っておらず、極めてシンプルだ。むしろ抽象絵画のようでさえある。しかも、中には金の音符も! また各楽譜の余白は植物文様などで彩られ、ハープのような撥弦楽器を弾く人物などの絵が描かれているものもある。
楽譜に載っている曲は、キリスト教の聖歌である。教会の一画に置かれた大きな譜面台の上に楽譜が載せられ、複数の人々が見ながら歌う仕様だったことが想像される。それゆえ、通常の書籍よりもサイズが大きいのだ。そしてこの展示のようにあえて額装するとさらに美しさが際立つ。美しい楽譜からは、美しい音が出る。この展示に出された楽譜の数々は、そんなことを確信させる。
この展示には、美しさの秘密がもうひとつある。もともとは書籍だった彩飾写本から切り離されたものを集めた展示であることだ。このコレクションは、医師の内藤裕史さんが国立西洋美術館に寄贈した彩飾写本コレクションのお披露目のシリーズ3回目に当たる。
内藤さんの収集は、40年ほど前のパリの古書店でクリップに挟まって軒先にぶら下がっている彩飾写本を見たのがきっかけだったという。その後は専門の業者の力を借りるなどして充実したコレクションを形成した。内藤さんは収集に当たって、欧州の古書店や美術商が扱っている中でもあえて書籍から切り離されたものを集めることにしたのだという。だからこそ額装されて壁面を美しく彩ることが可能になり、一葉一葉が新たな生命を得たともいえるのではないだろうか。
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