インタビュー
2021.10.20
ワルシャワでインタビュー!

角野隼斗~音の出し方が変わった!音楽家としての生き方も考えたショパンコンクール

第18回ショパン国際ピアノコンクールのセミ・ファイナリスト、角野隼斗。会場のワルシャワ・フィルハーモニーホールで取材中の高坂はる香さんが、20分にわたってインタビューし、コンクールで変わったと感じた弾き方や、この大舞台に出場した理由などを伺いました。

ショパンコンクール・セミファイナリスト
角野隼斗
ショパンコンクール・セミファイナリスト
角野隼斗 ピアニスト

1995年生まれ。2018年、東京大学大学院在学中にピティナピアノコンペティション特級グランプリ、及び文部科学大臣賞、スタインウェイ賞受賞。これをきっかけに、本格的に...

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

撮影:高坂はる香

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どうして音が変わったのかを訊ねると…

以前、私が角野隼斗さんの生の演奏をコンサートホールで聴いたのは、コンクールから8ヶ月ほど前の2021年2月、サントリーホールでオーケストラとガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》を演奏されたときのことでした。

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そのときは、演目もショパンとはまったく別ものではありましたが、それにしても今回のショパンコンクールの舞台、特に3次予選では、音の出し方の印象が8ヶ月前とだいぶ変わっていて、かなり驚いたものです。

そうお声をかけると、表情を変えず、「あぁ僕、吸収が早いほうなので」と言って笑う。

話の内容は、そこから思わぬ方向に進んでいきました。

予備予選では、どうショパンコンクールに向き合えばいいかがわからなかった

——音の印象が変わったということについてお聞きしたいのですが、この半年とか1年、もしかするともっとかもしれませんが、ショパンコンクールに向けて準備してくるなか、音の出し方の面でご自分で変わったと思うところはありますか?

角野 f(フォルテ)やff(フォルティシモ)を出したとき、音が直線的になりすぎてしまう、そのために音が硬くなってしまう、ということを指摘されたり、自分でも感じたりして、これは直さなくてはと思ったのが、1年ほど前のことです。

そこから姿勢や体重の乗せ方など、ベーシックなところについて考えていました。さらにそれから、音色のバリエーションについて考え始めたのが半年ほど前。どういう手の使い方をすればどのような音が出るのかを分類して、それを意識的にコントロールできるよう心がけました。今年の8月にオーケストラと3回共演する機会があって、そのなかで、音を響かせられるようになっていきました。

——つまりそれは、7月の予備予選のあとということですよね?

角野 そうですね。あのあと自分の中でかなりいろいろなことを考えました。

もうひとつこれは、音の出し方とは別の話なのですが、僕以前、クラシックという再現芸術を21世紀でやるということに、絶望していたんです。なぜかというと、例えばショパンもすでにあらゆる解釈があって、たくさんの名盤が出ているなか、自分が何を創り出せるのかと考えると、それは途方もないことのように思えてしまって。

でも、これを話して共感してもらえることがあまりなかったんです。それで、なんでみんな絶望せずにできているんだろうと思っていました。

Photo by: Darek Golik

角野 僕は3年前までアカデミアの世界にいました。そこでは、これまで世界で何がなされたかを調査したうえでの新規性がないと、ひとつの論文すら認められません。今まで積み上げられてきたものに、自分が一つ付け足す、それが客観的に見て明らかに新規性があるということが、もっとも重要視される部分です。

そこには、アーティストとして生きる上でも共通するところはあります。アーティストももちろん新しいことをやらないといけませんから。

ただアカデミアと違うのは、おそらくアーティストたちは、「過去にはこれとこれがあるけれど、まだこれがないから新しい」と学術的に考えているというよりは、自分がこうやりたいという動機から音楽をつくって、それが結果的に新しくなるということなのではないかと。

例えばポゴレリッチのような個性的な演奏も、突飛なことをしようと思ってああなるわけではなく、自分がそう信じているからそうしているだけなわけですよね。

角野 それでは自分はどうしようと立ち返って考えたら、個性なんていうものは自然と出るものだから、無理して出す必要はない、自分が一番自然に表現したいものを出したとき、それが結果的にその人らしく聴こえるのではないかと思うようになりました。一周回ってそう考えられるようになったのが、8月くらい。いかに自然な表現をしていくかを、そこからは追求していきました。

だから予備予選の7月は、まだ怖かったんです。自分がどうショパンコンクールに向き合えばいいかがわからなくて。

どうしたら音楽界に貢献できるかを思うようになった

——なるほど……でもそこで、研究して新しいものを見出して演奏するほうにはいかなかったのですね? 個性派のなかにも、今おっしゃっていたような、過去のものでは満足でない、これだ! みたいなタイプの人と、自筆譜を深く読んで、研究して、自分にしか見えないものが見えたみたいな、ほぼ学術的研究に近い感覚から変わった演奏をする人もいますよね。そちらにはいかなかった。

角野 いかなかったですね。自分がアカデミアにいた反動なのかもしれないですけど。 

——演奏の分野でまでそれをやる必要はないかなという感じ?

角野 あと、アカデミアにいたことは置いておくにしても、個人的な得意不得意として、音楽を表現するうえでは、その場で生きているもののほうが得意だということもあるんです。そうでありたい、ということでもあるのですが。

例えば演奏するうえで、1回目はこの内声を出して2回目はこの内声を出す、みたいなことがすごく考えたうえで行なわれていると感じられる演奏と、その場でライブでやっている感じのする演奏ってありますよね。

自分が得意なのは後者で、それはおそらくジャズをやっているからかもしれません。インプロって、もちろんあらかじめ考えておけば良いフレーズは作れるのですが、あ、事前に考えてきたなっていうのが見えると、冷めるじゃないですか。

セリフをしゃべっているとわかるのではなく、本当にその人がその場で感じて演じているかのような表現のほうが、自分はやりたいと思うんです。

——そちらに喜びを見出しているのに、よくショパンコンクールに挑もうと思ってくれたなと改めて感じてしまいましたが(笑)。

角野 そう、だから前は絶望していたんです(笑)。

でも僕の場合、名前が知られているので、コンクールを受けたら、(再生回数など)数字的な面でも目立つし、みなさんが勝手に異質な目で見るから、そこに何か付け足すというようなことをしなくても、自然と特別な感じで見てもらえます。だからこそ逆に、正統を目指していくというほうに向かいたいと思ったんですよね。

Photo by: Darek Golik

角野 もちろん、多様なショパンがあるのを認めることがコンクールの意義でもあるのでしょうけれど、ショパンを僕の演奏から聴き始める人もいる思うので、それがものすごく個性的だというのはどうなのだろうと思うところもありましたし。

——それって使命感ですか?

角野 使命感に近いですね。

——そうなんですか。もっと自分のやりたいことだけをやろうというタイプなのかと思ったら、違うのですね!?

角野 これはですね、2020年くらいまではそう考えていたんです(笑)。

まず2019年は、もっと有名になりたいと思っていました。それから、自分のほうがもっとおもしろいことができると思って、2020年はやりたいことをやり続けて。そうしていたら有名になってしまったので、これは偽善とかじゃなくて、2021年は、今度は自分がどうしたら音楽界に貢献できるかということを本当に思うようになったんです。もちろん、やりたいことをやるのが第一目的で、みんなそれが見たいのだということは覚えておいたうえで、責任のようなものを感じるようになったということですね。それは悪い意味でなく。

——その音楽界への貢献というのは、人類への貢献と一緒の意味ですか? それとも文字通り音楽界? ごめんなさいね気持ち悪い質問して!

角野 人類へ貢献したいというのは、それは使命感ではなくて野望に近いですよね。歴史に名を残したいみたいな壮大なスケールの。実際、それもありますが、誰も成し遂げていないことをしたいというのは、この使命感とはまた別のものです。

そもそも日本の中で、自分がどういう立ち位置にいればいいのかということはよく考えています。

2020年、名前が知られるようになったとき、子どもたちがトイピアノやピアニカで遊んでいる動画を送ってくれる方たちがいて、それがすごく嬉しかったんですよ。ピティナ関係の場でも、「かてぃんさんにあこがれてピアノを頑張っています」と声をかけていただけたり。それは単純に嬉しくて。だから「野望」とは別の話なんです。

——なるほど、そこは別と。研究畑にいた方って、人類への貢献のことを考えがちなのではないかと思ったのですが、角野さんの中ではその感覚は、演奏活動には持ち込まれないのですね。とても頭が良くていろいろ見えている部分と、ピュアな音楽への気持ちが、なかなか微妙な兼ね合いで同居している感じなんですね。

角野 あははは(笑)。いつでもピュアでありたいとは思ってるんですよ。音楽に限らず、心はずっと少年でいたいと。

Photo by: Darek Golik

ルイサダから教えられたマズルカ、ワルツ

——あと音の出し方の話に戻りますが、これまでも、ピティナ・ピアノコンペティションの特級グランプリになるなど、ずっとピアノを勉強されてきていて、それでも、1年前にそこまでやってきた音の出し方がまた全然違うと気づいたということなのですか?

角野 それについては、抜本的な改革をしたというよりは、より音の出し方に気を配るようになったということですね。以前はあまり考えずに出していた音もあったかもしれないけれど、一層考えるようになったという感じです。

——あとは、ものすごくオシャレだったマズルカについてお聞きしたいです。最近はジャン=マルク・ルイサダさん(1985年のショパンコンクールで5位入賞)に師事していて、このコンクール期間中もレッスンを受けていたとうかがいましたが。

角野 そうですね。1次と2次の間、パリに来られないかと言われて、行ってきたんです。だから僕、1次の結果はパリで聞いていました。

角野 ワルシャワに戻ってきてからも、電話が毎日かかってきました。よく寝た? とか。

——お父さん(笑)。

角野 そう。どうしてる? とか、用事ないのに電話くれるんです(笑)。

——かわいがりすぎて。……そういえばお顔も少し似てますもんね。

角野 それ、たまに言われるんですよ! 親子、とかいわれて、めっちゃ嬉しいんですけど。それをルイサダにいったら、おおーって喜んでました(笑)。僕がファイナルに行けなかったときにも、優しいので、そんなコンクールのことなんか早く忘れてパリにおいでって声をかけてくれて。だから明日から行きます。

——それじゃあ、マズルカの魂を全部を伝授してくれた感じですか。

角野 そうですね。マズルカは一番そうかもしれません。あとワルツ。本番はちょっと速くなってしまいましたが……。舞曲のことは、たくさん教えてもらいました。

2次予選でのショパン:ワルツ Op. 18の演奏(17:07~頭出ししています)

——言葉で説明しにくいかもしれませんが、そうして掴んだもっとも重要なものは?

角野 そうですね、左手のバウンス感かな。もっとざっくりいえば、オシャレさ。

——確かにオシャレでした。

角野 左手のバウンス感、右手もかもしれませんが、それによってオシャレになるんですよね。ルイサダのワルツは、すごくバウンス……スイングというのかもしれませんが、そういうものを感じるんですよね。そしてキレがいい。でも鋭いというのとは違う。オシャレなキレのよさです。100%言語化するのは難しいですけれど。

それは、ルイサダの演奏のフレーズの歌い方、それから弾いているときの動きからも感じられます。やっぱり動きは大きいですね。

ルイサダ弾くショパン:ワルツ Op. 18

——表現するうえでの体の使い方ですもんね。

角野 そう、こういうふうに(と、やってみせてくれる)。

——でもそれでコピーになってはいけないわけですもんね。自分のものにならないと。

角野 もちろん。それが自分のものになりやすい作品となりにくい作品があって、僕にとっては、マズルカとワルツは自分のものになりやすい、なじみやすい曲だったんです。マズルカはOp.24を弾きましたが、4曲のうち、2曲目が特に好きですね。すごく楽しい。

3次予選でのショパン:マズルカ Op. 24 No.2の演奏(3:09~頭出ししています)

すでにミュージシャンとして成功しているうえ、頭脳明晰で他にもいろいろできそうなあなたが、なぜショパンコンクールを? というのは、角野さんの今回の挑戦に対して多くの人が思ったことだと思います。

クラシック界でもちゃんと認められたかったとか、実はショパンが好きすぎてきわめたかったとか、もっと別の野望的なものを叶えるためだとか、何か理由があるのだろうかと。普通のクラシックのピアニストが、チャンスがあるならタイトルはもちろん、音楽家としての成長につながるんだから受けるよね、というのとはやっぱり違いますから。

今回、それを伺おうと思ってお話を聞き始めたわけではなかったのですが、結果的に前半はそんな話になりました。

実は、うそでしょなにそれ?みたいな、頭いい人にしか見えない突飛な理由でコンクールを受けているんじゃないかと少し考えていたのですが、思いのほか、その動機はとても純粋で、しかし冷静な判断に基づいていたようです。もちろん、このお話を聞いても、まだわからない部分もある。

急遽お願いしたたった20分のインタビューだったのですが、お話を聞きながら、自分もいろいろなことを考えさせられました。

自分がやりたいことを成し遂げるために、今何をすべきか。逆に、幸運にも築かれた環境を生かして、次は何のためにどんなことをすべきか。

考えて動かないと、時間はすぐに過ぎ去ってしまう。周りに何を言われようと、信じた道を進むしかありません。コンクールの演奏の印象と同じかそれ以上に、そのメッセージが心に残ってしまいました。

撮影:筆者
ショパンコンクール・セミファイナリスト
角野隼斗
ショパンコンクール・セミファイナリスト
角野隼斗 ピアニスト

1995年生まれ。2018年、東京大学大学院在学中にピティナピアノコンペティション特級グランプリ、及び文部科学大臣賞、スタインウェイ賞受賞。これをきっかけに、本格的に...

取材・文
高坂はる香
取材・文
高坂はる香 音楽ライター

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動...

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