レポート
2026.04.21
アジア太平洋地域オーケストラ・サミット Japan

22世紀のオーケストラを語る熱き3日間

3月30日から4月1日かけてミューザ川崎シンフォニーホールで開催された「アジア太平洋地域オーケストラ・サミット Japan」。アジア太平洋地域のオーケストラの楽団員を支える運営陣が一同に会した3日間の模様をリポートします。

ONTOMO編集部
ONTOMO編集部

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

写真提供:公益社団法人日本オーケストラ連盟

この記事をシェアする
Twiter
Facebook

「アジア太平洋地域オーケストラ・サミット」(主催:日本オーケストラ連盟)は、1997年に第1回が開催され、世界で初めて、アジア太平洋地域のオーケストラ関係者が互いにオーケストラの活動の実態を情報共有した。これまで、アジア太平洋地域18の国と地域が参加している。

約10年ぶりの日本での開催となる第13回は、「22世紀のオーケストラを語ろう~ ローカルでグローバルなオーケストラが街を、世界を変える」をテーマに、変化していく現代社会において次の時代に向けて、オーケストラがどのように貢献していけるのか、その使命に取り組むべく議論を交わした。

地域社会のインフラとしてのオーケストラ

アジア・太平洋地域から集まったオーケストラの報告には、それぞれの楽団が日々向き合っている現実と課題が反映された。

ジャカルタ・シティ管弦楽団は、無料公演を実施し若年層を呼び込む。ロイヤル・バンコク交響楽団は屋外公園でのコンサートや映画音楽をプログラムに取り入れて裾野を広げる。

カンボジアからは、虐殺で失われた文化基盤を教育と国際支援で再建するプノンペン交響楽団の長い道のりが語られた。

オーケストラは芸術機関である以前に、地域の希望や記憶を支える社会的インフラでもある。

伝統芸能・AI・アクセシビリティが交差する

国内のオーケストラにおける活動報告は、相互にとって刺激となる情報交換となった。

メディア・アーティストの落合陽一と日本フィルハーモニー交響楽団の実践では、AIや映像、触覚デバイスを通じて、音楽体験そのものを拡張しようとする試みが示された。

オーケストラ・アンサンブル金沢は、能や狂言、日本舞踊との協働を通じて、地域文化を世界へ発信できる独自の舞台づくりに挑む。さらに、リラックスした鑑賞環境や高齢者との即興活動など、誰もが参加できる場づくりも重要なテーマとして共有された。

兵庫芸術文化センター管弦楽団 (PAC)は、若手奏者の育成(アカデミー)を兼ねた独自の運営形態を持ち、この楽団から国内外の優秀な若手奏者を送りだしている。

オーケストラの未来は、伝統を守ることと、新しい参加の形をつくることの両立の上にある。

各国のオーケストラの課題と目標

日本(地方からの自立と文化創造)

[課題・問題]
地方都市における聴衆の固定化と、中央(東京)への文化一極集中。
既存のクラシック音楽の枠組み(演奏して終わり)からの脱却の必要性。

[解決策・打開策]
「三位一体」の運営(OEK):行政・ホール・楽団を一つの財団に統合。これにより、単なる貸し館ではない「制作する劇場」へと進化し、柔軟な舞台制作を可能に。
異ジャンル融合:歌舞伎や現代舞踊、デジタル技術を融合させた新しい舞台芸術の創出。

[今後の目標]
「地方から世界へ」の発信。今を生きる作曲家に委嘱し、100年後も残る「自分たちの時代の古典」を地方から創り出す。

 

韓国(抜本的な組織改革による質的向上)

[課題・問題]
年功序列や組合の既得権益による、芸術的レベルの停滞と硬直化した組織運営。

[解決策・打開策]
前例のない構造改革(ソウル・フィル):2005年に全団員の地位を一度白紙化し、実力主義に基づく再編を断行。組合の激しい反対に対し、粘り強い対話と交渉で合意形成を図った。

[今後の目標]
国際的な競争力を持つトップレベルのオーケストラへの飛躍。世界的な指揮者や奏者を招聘し、グローバルな評価を確立する。

 

カンボジア(混乱からの文化復興と教育)

[課題・問題]
紛争による音楽家・教育者の喪失。公共教育における音楽教育の欠如、専門的な練習場所や政府予算の不足。

[解決策・打開策]
音楽宣教師と国際支援:国際的なボランティアや専門家を招き、地道な後進育成を実施。
経済成長への期待:1人当たりGDPが3,000ドルに近づくとピアノが普及するという経験則に基づき、都市部の音楽教室増加を復興の足がかりにする。

[今後の目標]
プノンペン交響楽団の成熟。教育を礎に、自国のアイデンティティを音楽で表現できる文化基盤を再構築する。

 

香港(現代曲への投資とコミュニティ開拓)

[課題・問題]
「モーツァルトやベートーヴェンしか売れない」という興行的な保守性。

[解決策・打開策]
25年にわたる委嘱プロジェクト:売れないと言われる現代曲の委嘱を25年間継続し、新しいレパートリーを蓄積。
「脱・ホール」の演奏活動:貧困地域の宿泊施設などに赴いて演奏する。アニメーション作品とのコラボレーションで親しんでもらう。

[今後の目標]
「未来の聴衆」の育成。既存のファンだけでなく、次世代や異なるコミュニティをオーケストラのステークホルダーに巻き込む。

 

フィリピン、インドネシア、マレーシア(自立と独自性)

[課題・問題]

フィリピン:政府支援ゼロによる経済的生存の危機。
インドネシア:歴史的な不均衡や「クラシックは退屈」という若者がもっているイメージ。

[解決策・打開策]
商業・特化戦略:フィリピンでは商業プロジェクトやイベントを積極的に受注し、その収益で自前の楽器(ティンパニ等の大型の打楽器)を購入。
アイデンティティの融合:マレーシアでは伝統影絵芝居(ワヤン・クリ)を現代音楽に組み込むなど、自国の文化としての地位を確立。

[今後の目標]
持続可能な運営システムの構築。単なる「西洋の模倣」ではない、アジア独自のオーケストラ像の確立。

 

全体を通じた「解決策のキーワード」

アジア・太平洋地域各国のオーケストラの活動を総括すると、3つの筋道が見えてくる。

「制度の変革」:組織の再編(韓国)や、ホールと楽団の一体化(日本)により、動きやすい体質を作る。
「コンテンツの現地化」:西洋音楽に自国の伝統芸能や現代の文化(アニメやテクノロジー技術など)を融合させ、独自の楽団のブランド、カラーを高める。
「未来への投資」:教育プログラムの充実と、現代作曲家への委嘱を継続し、新しい文化遺産を自らの手で生み出す。

ライブラリアンも音楽家である

「ライブラリアン会議」との合同開催となったセッションⅣは、「オーケストラ戦略としてのライブラリー運営~楽譜庫から企画拠点への転換~シアトル響のライブラリアンを迎えて」と題して、シアトル交響楽団ライブラリアンのロバート・オリヴィア氏が自らの音楽人生の転機として、小澤征爾との出会いを軸に発表した。

クラリネット奏者として活動していたオリヴィア氏は、タングルウッド音楽センターではじめて小澤の指揮を体験する。瞬時に音楽を掌握する姿に圧倒され、膝が震えるほどの緊張を覚えたという。しかし視線を交わした瞬間や、不思議と演奏がうまくいった体験は、生涯忘れ得ぬものとなったそうだ。

その後もタングルウッドでの経験を通じて小澤の人間性に触れ、オーケストラ・ライブラリアンという職種に出会う。やがてボストン交響楽団のライブラリアン職のオーディションを受け、小澤本人との面接に臨むが採用されなかった。しかし小澤はオリヴィア氏の才能を評価し、「まだ若いが将来性がある」として、タングルウッドでのアシスタント職という道を用意する。この“落選”こそが彼のキャリアを決定づける転機となり、結果的に14年間にわたって小澤のもとで働くこととなる。

その間、小澤はしばしば楽譜庫に足を運び、音楽と向き合う場としてライブラリアンを深く信頼していた。楽譜庫は「オーケストラの心臓」であり、演奏を支える中枢。そして、ライブラリアンもまた、楽団員と同じように音楽家であるとオリヴィア氏は言う。

小澤征爾との出会いはオリヴィア氏にとって、進路を導く師との邂逅であった。今回の発表は、ライブラリアンという職業の本質が「音楽を支える芸術的な役割」であることを示した。

次の標準は「競争」より「協働」

3日間にわたって、オーケストラ運営において繰り返し語られたのは、人材育成、ライブラリー(楽譜庫)運営、コミュニティ活動、ウェルビーイング、平和発信まで含めた広い意味での連携だった。演奏の巧拙を競う時代から、地域の課題にどう応え、国や世代を越えて何を共有できるかを問う時代へ、サミットの議論は移行している。

今回の「アジア太平洋地域オーケストラ・サミット Japan」は、オーケストラの未来像が「演奏会の場」から「社会をつくる場」へと広がる転換点となることを確かめる機会となった。

セッション内容

セッションⅠ

オーケストラが街を、世界を変える

秋山直大/川崎市市民文化局 市民文化振興室 〔音楽のまち推進担当〕
山田里子/ミューザ川崎シンフォニーホール広報営業課
前田明子/川崎市文化財団
廣岡克隆/東京交響楽団 専務理事・楽団長
ゲラルド・メルテンス/「das Orchester」編集長
参加オーケストラより事例紹介

 

セッションⅡ

Day1アジア太平洋地域のオーケストラ
地域を代表する楽団による知見の共有、22世紀の姿

妹尾雅雄/広島交響楽団 
キル・ホ・ガン/KBS交響楽団 
マーガレット・ヤング/香港シンフォニエッタ
チン・トゥン・リン/ベトナム国立交響楽団
ロデル・コルメール/マニラ・フィルハーモニー管弦楽団

 

セッションⅢ

コミュニケーション・プログラムの現状と未来 全国の巡回公演担当者を交えて

深堀愛香/群馬交響楽団
島田聡/群馬県教育委員会事務局高校教育課指導主事
グラハム・サトラー/クライストチャーチ交響楽団
中川広一/札幌交響楽団
桐原美砂/東京交響楽団

 

セッションⅣ

オーケストラ戦略としてのライブラリー運営~楽譜庫から企画拠点への転換~
シアトル響のライブラリアンを迎えて(ライブラリアン会議合同開催)

ロバート・オリヴィア/シアトル交響楽団
糸永桂子/東京都交響楽団
松田弘美/広島交響楽団
法木宏和/読売日本交響楽団

 

セッションⅤ

東西・新旧文化のプラットフォームとしてのオーケストラ

落合陽一/メディアアーティスト、筑波大学准教授、東京大学准教授
カン・ソンウン/光州芸術の殿堂
大海文/オーケストラ・アンサンブル金沢
山岸淳子/日本フィルハーモニー交響楽団

 

セッションⅥ

ウェルビーイングのためのオーケストラ

沖汐明日香、大谷絵梨奈/東京フィルハーモニー交響楽団
柿塚拓真/九州交響楽団
中村美亜/九州大学 教授
薬袋舞子/東京文化会館
リナ・ワンリン・チェン/台湾国家交響楽団(台湾フィルハーモニック)

 

セッション Ⅶ

万博などの大規模イベントのその後とオーケストラ

山口明洋/大阪フィルハーモニー交響楽団
宮崎優也/指揮者、大阪アーツカウンシル統括責任者、龍谷大学国際学部非常勤講師
堀口昭仁/文化庁文化経済・国際課
クリストファー・ヴィダウアー YOUNISON(ユニゾン)

 

セッションⅧ

国際交流を通した人材育成と環境向上

横守稔久/兵庫芸術文化センター管弦楽団
廣岡克隆/東京交響楽団
宮崎優也/指揮者、大阪アーツカウンシル統括責任者、龍谷大学国際学部非常勤講師
ゲラルド・メルテンス/「das Orchester」編集長

 

セッションⅨ

Day2アジア太平洋地域のオーケストラ
地域を代表する楽団による知見の共有、22世紀の姿

ピョン・クォン・オ/プノンペン交響楽団
パモーンパン・コモンパモーン/タイ・フィルハーモニー管弦楽団
アニタ・デウィ・プスピタ/ジャカルタ・シティ管弦楽団
イザベラ・ペック/クアラルンプール管弦楽団
ワンチャイ・ヤーン・ウボン/ロイヤル・バンコク交響楽団
グリーン・オ/韓国チェンバー・オーケストラ

 

クロージング 次回開催地決定
2026年4月 光州交響楽団(光州アーツセンター)韓国

ONTOMO編集部
ONTOMO編集部

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...

ONTOMOの更新情報を1~2週間に1度まとめてお知らせします!

更新情報をSNSでチェック
ページのトップへ