レポート
2026.08.17
海外クラシックNEWS~from ロシア

ゲルギエフ指揮で《ジョコンダ》新演出上演 マリインスキー劇場で進むレパートリー拡大 

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回は7月のロシアの音楽シーンから、サンクトペテルブルクのレポートをお届けします。

取材・文
浅松啓介 Keisuke Asamatsu
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浅松啓介 Keisuke Asamatsu

ロシア国立サンクト・ペテルブルク音楽院正規学部卒業。2008年からサンクトペテルブルク在住。サンクトペテルブルク、モスクワなど現地での演奏活動や取材を通じ、ロシア音楽...

音楽の友 編集部
音楽の友 編集部 月刊誌

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...

マリインスキー劇場の《ジョコンダ》から。同劇場で進められている帝政時代のレパートリー発掘の一環だ ©Mariinsky theatre

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マリインスキー劇場のレパートリー拡大を促す仕組み

オペラ劇場の使命はなにか。莫大な予算がなければ劇場の経営が難しいことは多くの読者がご存知だろう。宮廷がなくなり、貴族がいなくなったいま、その予算は公的な資金に頼っているところがほとんどだ。多かれ少なかれ、劇場のほとんどが年間予算の10〜20パーセントをチケット収入で賄い、残りの8割から9割は公的資金に頼っている。マリインスキー劇場などロシアの劇場のほとんども同じ状況にある。

また、新しい演目ごとに文化省から予算が配分される。一度その演目の演奏者として「責任者」の立場に置かれると、本人が演奏しなくとも、そのプログラムが上演されるたびにロイヤリティが発生する仕組みである。だから、必ずそのプログラムの実際の演奏者とともに、「責任者」として指揮者や演出家などの名前が表示されることになっている。

このような仕組みがマリインスキー劇場のレパートリー拡大を後押ししているのはいうまでもない。よい新陳代謝が行える環境にあるということだ。また、ホテル・チェーンのように、劇場をロシア国内に展開するビジネス・プランを進行中であることから、本店であるサンクトペテルブルクから各地へさまざまなプロダクションを送り出すことも視野に入れている。

現にモスクワのボリショイ劇場は総支配人がヴァレリー・ゲルギエフになってから行き来が盛んになっており、サンクトペテルブルクにいながらにしてモスクワのプロダクションをモスクワの演者で観られたり、またその逆もある。だからプロダクションの拡大は、こうした劇場間の行き来を活発にする原動力の一つになっているといえる。

バス歌手としても知られるアナスタソフがポンキエッリ《ジョコンダ》を新演出

マリインスキー劇場の《ジョコンダ》から© Mariinsky theatre
マリインスキー劇場の《ジョコンダ》から©Mariinsky theatre

さて、今回取り上げるアミルカーレ・ポンキエッリ作曲のオペラ《ジョコンダ》は、プログラム拡大の一環として捉えることができる。帝政時代に活発だったイタリア・オペラグループの招へいが残した歴史的足跡を辿るように、革命前にマリインスキー劇場で上演された演目の発掘が行われている。《ジョコンダ》も同様に、そうした足跡を持つのである。

本作は1876年にミラノ・スカラ座で初演され、その後比較的すぐ1888年にはマリインスキー劇場でも上演された。当時のロシアでは、その壮大な音楽構成と濃密な劇性が高く評価され、ヴェルディ以後のイタリア・オペラを代表する作品として受け入れられた。だが20世紀以降は、全曲上演の機会はなくなってしまった。

今回の新演出は、バス歌手としても知られるオルリン・アナスタソフが手がけ、新たなプログラム拡大が注目された。アナスタソフはプラシド・ドミンゴやレオ・ヌッチと共演するなど世界中のオペラ劇場に登場してきたが、2018年から演出を手がけるようになり、ヨーロッパを中心に活躍の場を広げてきた。そのような新進気鋭の演出家が手がけた今回の《ジョコンダ》は、現代と過去が融合する幻想的な舞台となった。

ジョコンダ役に2019年ボリショイ劇場にデビューしたタチヤーナ・セルジャン(S)、ラウラ役に2024年から同劇場ソリストをつとめるジナイダ・ツァレンコ(Ms)、エンツォ・グリマルド役に学生時代からボリショイ劇場に抜擢され2014年からマリインスキー劇場で活躍するナジュミディン・マブリャノフ(T)など、コンクール受賞歴が多数で各地の劇場で活躍するソリストたちが揃い、劇場の新陳代謝を感じる面々となった。

タイトルロールを歌ったセルジャンは、豊かな声量とドラマティックな表現を兼ね備え、愛と嫉妬、自己犠牲の間で揺れ動くジョコンダの複雑な内面を説得力豊かに描き出した。ラウラ役のツァレンコは深みのあるメゾソプラノで気品を感じさせ、ジョコンダとの対比を鮮やかに際立たせた。エンツォ役のマブリャノフは力強く伸びやかな高音で英雄的な存在感を示し、ロマン・ブルデンコ演じるバルナバは重厚な声と緻密な演技で、物語全体を支配する悪役として強烈な印象を残した。

ゲルギエフによる音楽作りは推進力があり、歌手の呼吸を巧みに受け止めてイタリア・オペラ特有の歌心を損なわない。オーケストラは重厚な金管楽器と透明感のある弦楽器が好対照をなし、劇場ならではの豊かな音響を生み出していた。

今回の新制作は、忘れられた名作を現代に蘇らせるだけでなく、マリインスキー劇場が世界屈指のレパートリー劇場として歩み続ける姿勢を改めて示す公演となった(7月3日)

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浅松啓介 Keisuke Asamatsu
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浅松啓介 Keisuke Asamatsu

ロシア国立サンクト・ペテルブルク音楽院正規学部卒業。2008年からサンクトペテルブルク在住。サンクトペテルブルク、モスクワなど現地での演奏活動や取材を通じ、ロシア音楽...

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