
チューリヒ歌劇場で「チューリヒ・バロック」開催~ジャルスキー、ピション等が競演

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回は3月末から4月にかけてのスイスの音楽シーンを、チューリヒ歌劇場で開催された「チューリヒ・バロック」を中心にレポートします。
バルトリが関わった《ジュリアス・シーザー》をプレミエ上演
チューリヒ歌劇場のマティアス・シュルツ新総裁が発案した「チューリヒ・バロック」が、3月20日から10日間、チューリヒ歌劇場で開催された。ニコラウス・アーノンクールが1998年に創設した古楽アンサンブル「ラ・シンティッラ」という遺産を活かす意図があり、初日はフィリップ・ジャルスキーがヘンデルのカンタータ《アチス、ガラテアとポリフェーモ》を指揮した。ジャルスキーの歌が聴けないのは残念だったが、ガラテア役のブルーノ・デ・サもすばらしいカウンターテナーだった。アチス役のエリザベス・デションとポリフェーモ役のニコラス・ブルイマンスも健闘した。
またバロックといえば、チューリヒ近郊在住のチェチーリア・バルトリがいる。彼女が総裁を務めるモンテカルロ歌劇場では、2024年にダヴィデ・リヴァモアがヘンデル《ジュリアス・シーザー》を新演出した。それをウィーン国立歌劇場に続き、チューリヒ歌劇場でも3月11日にプレミエ上演し、「チューリヒ・バロック」期間内に3回再演したのだ。
長年バルトリのオペラを指揮するジャンルカ・カプアーノは、古楽アンサンブル「ラ・シンティッラ」を上手く導き大喝采を浴びた。チェーザレ役のカルロ・ヴィストリとトロメオ役のマックス・エマヌエル・ツェンチッチ、セスト役のカンミン・ジャスティン・キムと、3人のカウンターテナーの饗宴も楽しめた。
コルネリア役はアンネ・ゾフィー・フォン・オッターが精緻な音楽性で歌ったが、声に艶がないのが辛かった。チェチーリア・バルトリはキュート過ぎるクレオパトラだったが、観客はつねに拍手喝采。〈優しい眼差しよ〉では彼女の良さが出なかったが、〈この胸に命ある限り〉ではオーケストラと共にどんどん弱音を極め、音楽的高みに昇った。
ピション指揮《マタイ受難曲》の真摯なアプローチ

「チューリヒ・バロック」ではさらに現在のバロック界を牽引する3つのアンサンブルも招き、毎日意欲的なプログラムを展開した。
劇場側がとくに「今年の目玉」と推したのが、3月27日に初演されたジャン=マリー・ルクレール《シラとグロキュス》だ。このルクレール唯一の歌劇は、1986年にジョン・エリオット・ガーディナーがリヨン歌劇場で蘇演して再評価された作品。今回の指揮者エマニュエル・アイムが、自ら創設した古楽アンサンブル「ル・コンセール・ダストレ」の実力を誇示できる作品として選んだという。そのリハーサルを担ったのは、アイムとパリ国立高等音楽院で共に学んだ酒井淳だ。
クラウス・グートの演出は、神話を学園物語に置き換え、エルザ・ブノアが歌う女子高生シラとアンソニー・グレゴリーが扮する男子生徒グロキュス、魔女シルセは彼を横取りしたい女教師としてキアーラ・スケラートが体当たりの悪役を演じ、全体的に音楽的完成度も光っていた。
その前日には、復活祭時期の定番であるJ.S.バッハ《マタイ受難曲》が、ラファエル・ピションの手によって特別な上演となったことを特記したい。劇性が消え、人間の心に率直に訴えかけてくる真摯なアプローチなのだ。福音史家のユリアン・プレガルディエンは激昂せずとも、イエスのドラマと人類の過ちを全身で表現した。キリスト教徒でなくとも罪悪感を覚えるほどで、信心深い聴衆は耐えられるかと心配したほどだ。
ピションはいっさいの誇張をせず、バッハの音楽の内面に深く入っていった。ステファン・デグーはイエス役とバス1を上手に歌いわけ、福音史家の語りを視覚化した。ソプラノ1とピラトの妻を歌ったジュリー・ロゼはまろやかな声で悲劇のなかの温かな救いとなり、とくに〈愛ゆえに〉は古楽器が倍増させる切なさとともに、神の愛の慰めを与えた。
アルト1のリュシル・リシャルドも完璧な歌唱なのだが、硬く、〈憐れみたまえ〉という歌詞が生きなかった。アルト2と証人1はカウンターテナーのポール=アントワーヌ・ベノス=ジアンが歌った。
テノール2と証人2を歌ったザカリー・ワイルダーは泣かせるヴィオラ・ダ・ガンバのオブリガートとともに、〈忍べよ!〉などで心を打った。ピションの手兵であるアンサンブル・ピグマリオンも雄弁で、当歌劇場合唱団もすばらしく、休憩が挟まれるのも惜しいほど、その演奏は深く心に刻まれた。





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