ベートーヴェンと秘密警察
年間を通してお送りする連載「週刊 ベートーヴェンと〇〇」。ONTOMOナビゲーターのみなさんが、さまざまなキーワードからベートーヴェン像に迫ります。
第15回目はベートーヴェンは秘密警察にマークされていた?「会話帳」に現われるスパイ映画さながらのやりとり......かげはら史帆さんが紹介してくれました。
ベートーヴェンは秘密警察にマークされていた!?
稲垣吾郎さんがベートーヴェンを演じて話題になった舞台『No.9 –不滅の旋律–』(2015年初演)には、フリッツというキャラクターが登場します。陽気なお調子者のウィーン子だった彼は、ストーリーが進むにつれてだんだんと陰のある雰囲気をまとっていきます。
彼が「秘密警察」の一員になったことが明かされるのはストーリーの中盤以降。「あなた、いつの間に」と驚くヒロイン・マリアに、彼は意気揚々と答えます。
この町には今各国から要人が集まってるからな。厳戒態勢になったおかげで大出世だ。ウィーン会議様様だよ
中島かずき著『No.9 – 不滅の旋律 – 』(論創社刊)より
この舞台は創作作品ですが、ベートーヴェンがウィーンの秘密警察からマークされる身にあったのは事実でした。ナポレオン戦争が終わり、社会的な混乱の再発を恐れたヨーロッパ各国は、市民の活動をきびしく制約するようになりました。「ウィーン会議」開催以降、ウィーンには数万人におよぶ秘密警察やその手下のスパイたちがあふれ、市民が少しでも過激な政治発言をしようものなら、すぐさま当局に密告したといわれています。
その痕跡は、ベートーヴェンが晩年に残した筆談用ノート「会話帳」のなかにもうかがえます。「大きな声を出さないで。すべて盗み聞きされていますから」「壁に耳ありです」「あいつは誰だ?」「うさんくさいやつですよ」……まるでスパイ映画さながらの緊張感。フィクションだったらワクワクするところですが、これは現実にほかなりません。
なんという息苦しい環境でベートーヴェンは生きていたのでしょうか。こういう状況下からベートーヴェンの『第九』が、あるいはシューベルトの『冬の旅』が生まれたということに、あらためて思いをめぐらせる必要があるかもしれません。
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