
シューベルトのピアノ曲超入門【弾く編】ピアニスト・佐藤卓史が選ぶ3曲

シューベルトのピアノ曲を「聴く」だけでなく、自分でも弾いてみたい。そんな人に向けて、ピアニスト・佐藤卓史さんがおすすめする3曲を紹介します。
初級・中級者でも取り組みやすい舞曲から始めて、シューベルトの魅力を味わえる即興曲、そしてピアノ・ソナタへ。シューベルトの世界に入っていくためのステップを、佐藤さんに教えていただきました。

東京・神楽坂にある音楽之友社を拠点に、Webマガジン「ONTOMO」の企画・取材・編集をしています。「音楽っていいなぁ、を毎日に。」を掲げ、やさしく・ふかく・おもしろ...
※本記事はポッドキャスト番組『ONTOMO Radio』で語られた内容を再構成しています。

第11回シューベルト国際コンクールでの優勝と、その後の世界的な演奏活動を通して“現代随一のシューベルト弾き”の名声を確立。展開中のライフワークプロジェクト「佐藤卓史シューベルトツィクルス」では、未完成作品の補筆を含む前人未踏のシューベルトのピアノ曲全曲演奏に取り組み、注目を集めている。
秋田市生まれ。高校在学中に日本音楽コンクールで優勝。東京藝術大学を首席で卒業後渡欧、ハノーファー音楽演劇大学、ウィーン国立音楽大学で研鑽を積む。その間、ミュンヘンARD国際コンクール特別賞、シューベルト国際コンクール第1位、シドニー国際コンクール第4位・ショパン特別賞、エリザベート王妃国際コンクール入賞、カントゥ国際コンクール第1位、メンデルスゾーン国際コンクール最高位など受賞多数。ウィーン楽友協会をはじめとする欧州各地のコンサートホールに出演のほか、2011年にはシリア・ダマスカスのダール・アル・アサド文化芸術劇場でソロリサイタルを開催。
NHK交響楽団、東京交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、山形交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、大阪交響楽団、広島交響楽団、ベルギー国立管弦楽団など内外のオーケストラと多数共演。「トリオ・ジャパン」(with石田泰尚・西谷牧人)、「トリオ・スペリオール」(with泉原隆志・上森祥平)各メンバーを務めるなど、アンサンブルピアニストとしての活躍は特に知られており、著名アーティストから絶え間ない共演オファーが寄せられ続けている。
近年は作編曲の分野でも活動を本格化させるほか、放送・配信・執筆・レクチャーなど幅広いフィールドで音楽の“楽しさ”と“奥深さ”を伝える活動に力を注いでいる。
www.takashi-sato.jp
その1:《36のオリジナル舞曲》D 365 〜まずは短い舞曲から!
——まずは、まだシューベルトを弾いたことがない人にも取り組みやすい曲から教えてください。
佐藤 【聴く編】ではシューベルトのピアノ独奏曲には大きく「ソナタ」「性格小品(キャラクター・ピース)」「舞曲」という3つのジャンルがあるとお話ししました。その中からまずおすすめしたいのが、《36のオリジナル舞曲》D 365です。
36曲ある曲集ですが、1曲ずつがすごく短いんですよね。16小節、長くても24小節くらいなので、まず譜読みするのが簡単です。テクニック的にも、もちろん曲によって差はありますが、そんなに難しいものではないので、初級者や中級者でも取り組みやすいと思います。
36曲を全部、順番に弾いていく必要もありません。「この曲、弾きやすそうだな」「素敵そうだな」と思ったものを選んで練習してみるのもいいでしょう。
シューベルト:《36のオリジナル舞曲》D 365
——当時のウィーンでは、舞曲というと流行っていたワルツということになりますか?
佐藤 それが難しいのですが、シューベルトの3拍子系の舞曲には、レントラー、ドイツ舞曲、ワルツという3つの名前がついているのですが、書き分けた形跡がないのです。時代的にはワルツという言葉があとから出てきて、出版社も売れるからと楽譜にワルツと書くことが多かったようです。
この36曲はすべて3拍子の舞曲で、左手には、いわゆるワルツのリズムがずっとあるので、ワルツの感覚で弾いてよいと思います。
そういう踊りの雰囲気をだんだん体感できてくると、ほかのシューベルトの曲にも、このようなリズムのモチーフがたくさんあることがわかってきます。「これが元になっているんだな」と感じられるんですね。だから、まずこういう舞曲からシューベルトの世界に入っていくのは、実はおすすめです。
——では、実際に弾くときには「踊る感じ」を意識するといいのでしょうか?
佐藤 シューベルトの舞曲は、プロのダンサーが踊っていたわけではなくて、「シューベルティアーデ」といった仲間内の集まりで、市民が自分たちの楽しみとして踊っていたものです。だから、なんとなく3拍子のリズムに合わせてスイングするような感じでステップを踏んでみるだけでも、踊りの感じがわかるんじゃないかなと思います。
だいたい速めの3拍子なので、1小節目は左足、2小節目は右
その2:「即興曲 作品90-4」〜体感してほしい極上の美しさ!
——では、2曲目を教えてください。
佐藤 いよいよ即興曲をおすすめしたいですね。即興曲は作品90(D899)と作品142(D935)の全部で8曲ありますので、できれば8曲とも勉強すると、シューベルトの世界がよくわかると思います。その中でも、特に大人の学習者や、初めてシューベルトの即興曲を弾く方におすすめしたいのが、作品90-4です。
変イ長調の即興曲なんですが、臨時記号がたくさん付いていて、最初の部分は変イ短調で始まります。変イ長調というだけでもフラットが4つあるのに、そこに臨時記号が加わり、途中から別の調へ転調するので、シャープなども出てきます。楽譜だけを見ると、ものすごくややこしい感じがするかもしれません。
——それでも、この曲をおすすめする理由は?
佐藤 最初のハードルさえ乗り越えれば、とても美しい曲だからです。
なんといっても、自分の演奏によって、冒頭からキラキラしたような感じの音楽が続いていくのを体感するのは、何ものにも代え難い楽しさや満足感があると思います。ぜひ弾いてみていただきたいですね。
この曲は非常に人気が高いので、録音を聴き比べるだけでなく、実際に自分で弾いてみることで、シューベルトの音楽の美しさをより深く味わえるのではないでしょうか。
シューベルト:即興曲 作品90-4
その3:ピアノ・ソナタ第7(8)番 D 568 〜古典派からロマン派へつながる音世界
——そして3曲目は、もう一段階ステップアップして、ソナタですね。
佐藤 そうですね。3つのジャンルの中でも、最終的にはピアノ・ソナタに取り組んでいくといいと思います。
シューベルトの未完のソナタは24曲、完成したソナタは11曲ありますが、その中で最初に取り組むなら、D 568のピアノ・ソナタがおすすめです。
この曲は、楽譜によって「第8番」と書いてあったり「第7番」と書いてあったりするんですが、シューベルトが20歳のときに書いたソナタを、おそらくあとから自ら出版を前提に改訂して、4楽章のソナタにしたものだと考えられています。
——どんなところが、シューベルトの入門としておすすめなのでしょう?
佐藤 この曲には、古典的な佇まいがたくさんあります。たとえば第1楽章にはアルベルティ・バス(分散和音の一種)がたくさん出てきます。モーツァルトやベートーヴェン、ソナチネなどでよく出てくるドソミソなどの伴奏型ですね。そういう意味では、ハイドンから続いてくる伝統的なウィーンのピアノ・ソナタの流れに乗っています。
でも、その中でだんだんハーモニーがロマンティックになっていったり、転調もいろいろなところに飛んでいったりして、本当にシューベルトの世界がそこから広がってくる。古典派とロマン派の世界をつなぐような作品として取り組めるんです。
ですから、ソナチネやモーツァルトのソナタ、ベートーヴェンのソナタを勉強してきた方なら、これまで身につけてきたテクニックを使いながら、その先のロマン派の世界にも進んでいける。そういう意味でも、とてもいい入門曲になると思います。
シューベルト:ピアノ・ソナタ D 568
シューベルトを弾くならまず「舞曲のリズム」を知る
——3曲を実際に弾いてみるとき、共通して意識するとよいことはありますか?
佐藤 舞曲のリズムが、シューベルトの音楽ではすごく大事だと思います。それを知ることが、ピアニストにとってシューベルトの世界に入っていく鍵になるんじゃないかなと思っています。
——最初に紹介していただいた《36のオリジナル舞曲》を弾いておくことが、ほかの作品を弾くときにもつながってくるんですね。
佐藤 そうですね。舞曲は難しくなくて、
——では、最後に今回紹介していただいた3曲を振り返ると、まず36のオリジナル舞曲でシューベルトのリズムを知り、次に即興曲 作品90-4で、シューベルトらしい美しい旋律や和声を味わい、そしてD 568のソナタで、古典派からロマン派へと広がっていく世界に入っていく、という感じでしょうか。
佐藤 そうですね。そうやって少しずつシューベルトのピアノ音楽に入っていっていただければと思います。
弾いてみたい人におすすめの楽譜
——実際にシューベルトを弾いてみたい方に向けて、楽譜もご紹介したいと思います。佐藤さんが楽曲解説と演奏アドバイスを手がけた、音楽之友社の「標準版ピアノ楽譜シリーズ」ですね。
佐藤 現在2冊出ていて、それぞれ「即興曲」と《楽興の時》を収録しています。今回ご紹介した《36のオリジナル舞曲》をはじめ、さまざまな舞曲も収録されています。この選曲は今回こだわった点で、たとえば《即興曲》
またこの楽譜では、シューベルトの自筆譜などを踏まえながら、演奏する人が自分で判断できる余地を残すことも大切にしています。
——楽譜に書かれていることを、そのまま「正解」として弾くのではなく、演奏者自身が考える余地を残しているんですね。
佐藤 そうですね。たとえばシューベルトの自筆譜には、アクセントなのかデクレッシェンドなのか判然としない「小松葉」のような記号が出てきます。今回の楽譜では、それを一方的に「アクセント」「デクレッシェンド」と決めつけず、どちらとも解釈できる新しい記号として、少し太めの線で「>」を示しています。
アゴーギクやペダルを使って表現する可能性も含めて、最終的には演奏する人に判断してもらいたいと思っています。

シューベルト『楽興の時/小品/舞曲集』
「楽曲解説と演奏上のポイント」(佐藤卓史さん執筆)より
——自分で考えながらシューベルトを弾いてみたい人にとっては、ぴったりの楽譜ですね。
佐藤 そうですね。ぜひ楽譜を手に取って、シューベルトの音楽を実際に弾いてみていただければと思います。
——ちなみに、来年初め頃に刊行される楽譜には、聴く人向けの記事でご紹介した《グラーツ幻想曲》も収録される予定なんですよね。
佐藤 はい。第3巻には、《グラーツ幻想曲》なども収録される予定です。
日時: 2026年9月13日(日)14:00開演
会場: 音楽の友ホール
出演: 佐藤卓史、尾崎未空(ピアノ)
曲目: シューベルト/イタリア風序曲 ニ長調 D592、歌劇《アルフォンソとエストレッラ》序曲 D773、英雄的大行進曲 D885、イタリア風序曲 ハ長調 D597、歌劇《フィエラブラス》序曲 D798、エロルドの歌劇《マリー》の主題による8つの変奏曲 D908
詳しくはこちら
連弾で共演する尾崎未空はミュンヘン在住のピアニストで、日本ではPTNA特級グランプリでおなじみのほか、国際的に活躍中。2人だけでの共演は今回が初めて。
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