読みもの
2026.05.19
特集「アニバーサリー2026」

レスピーギの「ローマ三部作」をめぐる旅〜噴水、松、祭り

2026年に没後90年を迎える作曲家、オットリーノ・レスピーギ。代表作の《ローマの噴水》《ローマの松》《ローマの祭り》、通称「ローマ三部作」は、壮麗なオーケストラで“永遠の都”が描かれており、今なお世界中で愛され続けています。
作品に登場する名所や街の空気をたどりながら、「ローマ三部作」の魅力を旅するように味わってみましょう。

井内美香
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

《ローマの噴水》に登場するトレヴィの泉

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35歳でローマに移住したレスピーギ

ローマという都市には、さまざまな顔があります。初めて訪れたときには、名所旧跡などを訪れるのに忙しく、あっという間に時が過ぎてしまうかもしれません。グルメも幅広く、イタリアの首都らしい洗練された高級店も数多くありますが、その一方では、飾らない庶民的な料理を食べられる良店も少なくありません。

そして北イタリアに長く住んだ筆者が驚くのは、ローマっ子たちの人懐っこさです。初対面の人と旧知の仲であるかのように会話ができるのは、ローマあるあるのような気がします。

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オットリーノ・レスピーギ(1878〜1936)がローマのサンタ・チェチーリア王立アカデミーに職を得てこの街にやって来たのは1913年、彼が35歳のときでした。

ボローニャに生まれて同地で音楽教育を受けたレスピーギは、1900年から3年間、サンクトペテルブルクに移住して、マリインスキー劇場で首席ヴィオラ奏者として働きながら、リムスキー=コルサコフに師事しました。

30歳の頃のレスピーギ

1908年からはベルリンで伴奏ピアニストをしながら現地の音楽家らと交際するなど、幅広い音楽修行をしています。同世代のイタリアのマリピエロやカゼッラのような前衛的な作曲家たちとは異なり、保守的な音楽にとどまってオーケストラの色彩豊かな表現を追求し続けました。

レスピーギはオペラもいくつか書いていますが、彼のもっともよく知られている作品は、やはり《ローマの噴水》《ローマの松》《ローマの祭り》という3つの交響詩です。

《ローマの噴水》〜4つの噴水で描かれる、ローマの時間の移ろい

1916年に作曲された《ローマの噴水》(初演1917年)は、まるでローマの観光案内のような一面を持っています。

まずは「夜明けのジュリアの谷の噴水」。ボルゲーゼ公園の北側にある国立近代美術館の正面に位置する対の噴水を描いており、当時まだ自然豊かだったこの近辺を、夜明けに羊飼いが群れを連れて通る牧歌的な風景です。

1911年の国際美術展にあわせて建築家チェーザレ・バッツァーニが整備したジュリアの谷の噴水

次は「朝のトリトンの噴水」。ローマ中心地にある海神トリトン像がある噴水です。そして「真昼のトレヴィの噴水(泉)」。レスピーギの音楽はこの噴水のダイナミックさを活写しています。

左:トリトンの噴水は教皇ウルバヌス8世の発案で17世紀に作られた
下:観光客を対象に有料化されたことでも話題のトレヴィの泉。1762年完成

そして最後は「黄昏のメディチ荘の噴水」。メディチ荘は、ローマ賞を受賞したフランスの音楽家が国費でローマに留学し滞在する場所として知られています。ルネッサンス建築のヴィラの前庭に2つの有名な噴水があり、歴史を感じさせる荘厳さと、その黄昏のニュアンスが音楽で美しく描かれています。

メディチ荘の噴水はフランスの画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローも描いている

《ローマの松》〜色彩とコントラストで描く、ローマの風景詩

1924年初演の有名な《ローマの松》。この作品におけるレスピーギは、前作で示したニュアンスに富んだ淡い色彩を捨て、ローマのいくつかの場所とそれらが想起される雰囲気を色彩の強いコントラストで表現しました。

ローマのいたるところにある松は背景として使われ、「ボルゲーゼ荘の松」は子どもたちの喧騒、「カタコンベ付近の松」は重苦しい死者の世界、そしてウグイスの声の録音を使うという指定がある「ジャニコロの松」はローマを見下ろす丘の爽やかさ、「アッピア街道の松」は街道を進む古代ローマの兵士たちの迫力ある行進が描かれています。

アーサー・ジョン・ストラット《古代アッピア街道を行く旅人たち》(1858年)

《ローマの祭り》〜祝祭の夜に響く、ローマの歓声

そして三部作の最後の《ローマの祭り》は、1929年2月にトスカニーニ指揮でニューヨークで初演されました。

チルチェンセス(古代ローマの円形競技場)」は殉教者たちが野獣の餌食になる光景、「50年祭」は巡礼たちの祈り、「10月祭」はぶどう収穫の祭り(今でもローマでワイン祭として10月に開かれます)の活気と甘いムード、「公現祭」は主顕節の夜のローマ市民の乱痴気騒ぎが、さらに強烈な色彩を帯びた極限の音楽表現で描かれています。

三部作の変化は、不安を増していく時代の反映のようにも思えるのでした。

ジャン=レオン・ジェローム《キリスト教徒殉教者たちの最後の祈り》(1883年)
古代ローマの競技場を舞台に、殉教を前に祈るキリスト教徒たちが描かれている

1936年、レスピーギは愛妻エルサと暮らしたローマ郊外のヴィラ・イ・ピーニ(松の木荘)で、56歳にして病没しました。その名は、ローマとともに歴史へ刻まれています。

井内美香
井内美香 音楽ライター/オペラ・キュレーター

学習院大学哲学科卒業、同大学院人文科学研究科博士前期課程修了。ミラノ国立大学で音楽学を学ぶ。ミラノ在住のフリーランスとして20年以上の間、オペラに関する執筆、通訳、来...

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