
アンドリス・ネルソンスのボストン響解任をめぐり 団員と観客が抗議のジェスチャー

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回はアメリカの音楽シーンから、主にニューヨークのコンサートやニュースをレポートします。
ボストン交響楽団(BSO)が4月9日と10日、カーネギーホールに登場した。3月に音楽監督アンドリス・ネルソンスが2027年8月をもって退任することが突然発表されて以来、初めてのニューヨーク公演である。
ネルソンスとBSOの契約は、双方が終了を申し出ない限り自動的に更新される「エヴァーグリーン契約」である。これまでとくにオーケストラ団員との不和も聞かれておらず、突然の解任発表は大きな驚きとともに受け取られたが、団員にとってもそれは同様だったようだ。発表から時を経ずして団員は、今回の解任は「不意打ち」だとして経営側を激しく非難し、ネルソンス支持を明確に打ち出した。
ネルソンス支持者はその団結を示すため、ボストンのシンフォニー・ホールで2,000本を超える赤い花を配ったという。カーネギーホールでもネルソンスと全団員が赤い花を胸や髪に付け、開演とともに全員がそろって舞台に登場した。またベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、シカゴ交響楽団、メトロポリタン歌劇場管弦楽団など、主要オーケストラも彼らを支持する声明を発表している。
こうした状況のなか、9日に上演されたジョン・アダムズ作曲のオペラ《ニクソン・イン・チャイナ》(抜粋)では、2月にパリで全曲を歌ったばかりのトマス・ハンプソン(ニクソン役)とルネ・フレミング(パット・ニクソン役)、そしてタングルウッド祝祭合唱団の好演が際立ち、この作品が現代の古典になったことを感じさせる堅実な演奏となった。
後半のドヴォルジャーク「交響曲第9番《新世界より》」では、かつてのレーザーシャープな明晰さとは異なる柔らかな弦に、BSOとネルソンスの年月が感じられた。10日のグリーグ「ピアノ協奏曲」は、ラン・ランの恣意的なフレージングのピアノに寄り添い、伴奏に徹したかのような演奏であったが、後半のシベリウス「交響曲第1番」では、冒頭のクラリネット・ソロからメンバーを丁寧に受け止めるネルソンスの信頼感が際立ち、劇的に積み上げられる終楽章まで柔らかに繋がった。両日ともいつも以上に熱く感じられた客席の反応は、演奏に対するものであると同時に、明らかにネルソンスと団員を支持するためのものだった。
そしてその熱気は、米国芸術団体に漂う先行き不透明感に対する反応であったかもしれない。BSO経営陣は、ネルソンス解任によるリーダーシップ刷新の理由の一つとして、財政難を挙げている。ここ20年で4割も落ち込んだという観客動員数の回復と経費高騰への対応には、観客と資金を惹きつけるフレッシュな才能が不可欠というわけだ。確かに高騰するチケット価格がクラシック音楽の敷居をますます高くするなか、現状維持のための寄付は、一般の理解を得ることが容易ではないだろう。
実際、BSOに限らず、米国の芸術団体の多くが経済的に苦闘している。中でもメトロポリタン歌劇場(MET)の状況は、その最大規模のものとして注目されている。昨年9月に大々的に発表されたサウジアラビアとの2億ドル規模の定期公演契約は4月に破綻が発表され、ここ数年、資産運用のための基金は、赤字補填のためだけに数億ドル規模で元金が崩されている。
話題性はあっても収益性に問題がある新作オペラを上演するような冒険を減らし、プッチーニ《蝶々夫人》や《ラ・ボエーム》のような人気演目を並べても、最高500ドルに迫るチケットをさばくのは容易ではない。そしてMETの象徴ともいえるシャガールの壁画の所有権が売り出されているという状況は、いまやこの歌劇場存続の危機として受け止められている。
芸術団体に独立採算制を求めるトランプ政権の方針は、公共放送の存続さえも危うくしている。米国の非営利芸術団体は、チケット売上などの収益でカバーできない部分を寄付金で賄うビジネス・モデルだが、これに存続可能な余地があるのか注目したい。
ハンニガンが指揮と主演 テクノロジーを駆使したプーランク《人間の声》

新たな観客の獲得を目指し、クラシック音楽のプレゼンテーションを活性化しようとテクノロジーを活用する試みの多くは、実験で終わることが少なくない。しかしバーバラ・ハンニガンがニューヨーク・フィルハーモニックを指揮しながら主演もしたプーランク作曲のモノ・オペラ、《人間の声》の公演は、芸術的ヴィジョンがテクノロジーによって実現した成功例と言えるだろう。
《人間の声》は、観客には見えない恋人と電話で対話する「彼女」が、恋人との別れに絶望して自死するまでを描いたジャン・コクトーの戯曲が原作。唯一の登場人物である「彼女」をハンニガンは指揮台で歌いながら指揮もする。その孤独な姿を、映像作家クレメンス・マリノフスキはライヴで捉えてオーケストラ背後のスクリーンに投射し、「彼女」の孤独と絶望に重ねる。
モノクロのライヴ映像はひじょうに凝ったアングルや切替が駆使されたもので、技術的なリハーサルを相当重ねていることは明らかだ。しかしハンニガンの演唱は段取りを感じさせない自然発生的な柔軟さを終始保ち、オーケストラを掌握する技術ともども、濃密な劇場経験を提供してくれた(4月24日、デイヴィッド・ゲフィン・ホール所見)。





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