
ワディム・レーピン創設のトランス・シベリア芸術祭が第13回開催 モスクワで特別公演

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回は4月のロシアの音楽シーンから、「トランス・シベリア芸術祭」の一公演をレポートします。

ロシア国立サンクト・ペテルブルク音楽院正規学部卒業。2008年からサンクトペテルブルク在住。サンクトペテルブルク、モスクワなど現地での演奏活動や取材を通じ、ロシア音楽...

1941年12月創刊。音楽之友社の看板雑誌「音楽の友」を毎月刊行しています。“音楽の深層を知り、音楽家の本音を聞く”がモットー。今月号のコンテンツはこちらバックナンバ...
ロシアを代表する大きな音楽祭となった「トランス・シベリア芸術祭」は、ワディム・レーピン(vn)によって2014年にシベリアの都市ノヴォシビルスクで創設され、以来毎年恒例となっている。レーピンが音楽監督を務め、単なる「演奏会シリーズ」ではなく、クラシック音楽+教育+新作委嘱+国際交流を一体化した大規模なプロジェクトだ。
名称の「トランス・シベリア」は、もちろんシベリア鉄道に由来し、レーピン自身、「シベリア鉄道が120年以上にわたりノヴォシビルスクを文化・産業・学術の中心へ導いたように、このフェスティヴァルもまた、世界の優れた芸術を街へ運ぶ」と語る理念のもとで開催されている。
モスクワでレーピン、クニャーゼフ、シシキンによる「室内楽の夕べ」
今回取り上げる演奏会は、そのプロジェクトのうち、モスクワのチャイコフスキー・ホールで行われたもの(4月17日)。今回で第13回となる同音楽祭の一環として、モスクワでは「室内楽の夕べ」が開催された。ヴァイオリンのワディム・レーピン、チェロのアレクサンドル・クニャーゼフ、ピアノのドミトリー・シシキンというロシアを代表する奏者が集まる、目玉の演奏会だった。
前半は、J.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲第3番」ハ長調BWV1009で幕を開けた。アレクサンドル・クニャーゼフ(vc)は、豊かな響きと自然な呼吸感をもって、バッハ作品のもつ構造の美しさと精神性を丁寧に描き出した。とくに、旋律の歌いかたがクニャーゼフらしい。人間的でメトロノームを感じさせず、思わず「おっ」と引き込まれてしまう歌いかたをするのに嫌味がない。バッハ的な世界観を壊すことなく、限られた音が人間的につながっていくとでも言おうか。その「歌い」はシンプルでありながら深い説得力を持ち、会場全体が集中してその構造の中に身を置いているようだった。
続いて演奏されたのは、アフノフ「ヴァイオリンとピアノのためのシャコンヌ」。今回がモスクワ初演となる作品である(トランス・シベリア芸術祭の委嘱作品として作曲され、レーピンのために書かれたもの。世界初演は2026年3月31日にノヴォシビルスクで行われ、今回の4月17日がモスクワ初演となった)。アフノフは1967年生まれの作曲家で、派手な前衛性よりも静けさ・内省・精神性を全面に出した作品で知られている。ショスタコーヴィチやシューベルトへのオマージュ作品も多い。
今回は「シャコンヌ」という反復される低音進行や和声の上に変奏を重ねていく古典的な形式の中で、現代的な再解釈と瞑想的で深い緊張感を与える作品に仕上がっていた。古典形式への回帰ではなく、現代的な感性・感情を織り交ぜた「今」の聴衆に共鳴するような作風と言ってもよい。レーピン(vn)の鋭敏な音色と、シシキン(p)の緻密で聴衆の感情を代弁するかのような音楽作りに大きな満足を得られる演奏となった。
続くプロコフィエフのピアノ作品、《束の間の幻影》op.22と「2つの練習曲」(作品2の第1、2番)では、シシキンの卓越した技巧と鋭い音楽性が存分に発揮された。プロコフィエフ特有の鋭利なリズム、緊張感のある和声、そして若き作曲家の大胆なエネルギーが鮮やかに表現され、聴衆を強く惹きつけてブラヴォーの嵐となった。
後半には、ショスタコーヴィチ「ピアノ三重奏曲第2番」が取り上げられ、3人そろっての演奏でクライマックスとなった。この作品は、ショスタコーヴィチの室内楽の中でもとくに深い精神性を持つ作品として知られる。3人の演奏家は、それぞれの個性を際立たせながらも見事なアンサンブルを実現し、作品が持つ悲劇性と緊張感を余すところなく伝えた。とくに終楽章では、痛切なまでの表現が聴衆の胸を打ち、演奏後には深い余韻を残して大きな拍手が送られた。
ソロ、デュオ、トリオで演奏会のクライマックスを作り、それぞれの楽器の魅力とふだんあまり聴くことができない3人揃ってのアンサンブルを大いに楽しんだ。第13回トランス・シベリア芸術祭の中でも、記憶に残る公演となったのではないだろうか。





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