高橋彩子の「耳から“観る”舞台」第5回

都会のエアポケットで古の音を感じる贅沢、代々木能舞台の『花筐』

イベント
2018.09.08

新宿駅の西口からも歩ける都会の真ん中に、時を超えたような場所があるのをご存知ですか? 名だたる武将たちが愛してやまなかった舞台芸術「能」。それを最高のロケーションで楽しめる代々木能舞台と、恋い焦がれ狂っていく女性を描いた名作『花筐(はながたみ)』をご紹介します。

高橋彩子 舞踊・演劇ライター
高橋彩子
高橋彩子 舞踊・演劇ライター
早稲田大学大学院文学研究科(演劇学 舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。『The Japan Times』『E...

室町から続く、古の日本の“音”を愉しむ

どの舞台芸術にも音(無音を含む)を聴く愉しみがあるものだが、能ほど、厳粛な雰囲気の中で言葉と音楽が格調高く響く舞台はそうないだろう。
三間(
5.4メートル)四方の“本舞台”の上で、登場人物の言葉や心情を謡うシテやワキらと、8人程度で情景や心理などを謡う地謡(じうたい・いわばコーラス)と、笛・小鼓・大鼓・太鼓からなる囃子(はやし)とが奏でる曲の精妙さは例えようもない。
西洋音楽とは奏法も合奏の基準も違うため、初めは違和感があったりズレているように聴こえたりするかもしれないが、すぐにそのドラマ性や響きの心地良さに気づくはずだ。室町時代には既に現在の上演形態がほぼ確立されていたとされる能だけあって、聴いていると、まるで古の人々の魂が、曲に乗って今に蘇るかのよう。昔はもう少しスピーディーだったようだが、洗練されてたどり着いた現在のゆったりとしたテンポも、この感覚に大いに寄与している。

屋敷内能舞台の魅力

足利義満や豊臣秀吉など名だたる権力者に愛され、江戸時代には武家の式楽、つまり公式芸能となるなど、武家文化の中で発展を遂げた能楽。全国の城や武家屋敷には能舞台が設えられ、折々に能が演じられていたという。今では能舞台全体が西洋建築の中に入った“能楽堂”で上演されるのが一般的だが、昔は屋敷に組み込まれていることも多かったのである。

そんな屋敷内能舞台を都内で楽しめるのが、昭和初期に作られ、国の有形登録文化財に登録されている「代々木能舞台」だ。

住宅街の中に現れる「代々木能舞台」

場所は、新国立劇場や東京オペラシティがある初台駅から程近い、観世流のシテ方の家である浅見家の住居の一角。公演時のみ座敷の建具を外し、座敷にある見所(観客席)から中庭の舞台を鑑賞する。舞台と客席の上に屋根はあるものの、自然の風がそのまま入る半屋外的な空間なので、開演前は近所の犬の吠え声が聴こえたり、近くの家が窓を開閉するのが見えたりするが、いざ開演すれば、この上なく静かで集中しやすい環境に。
季節毎に変化する庭の景色、その日によって違う空気や風、虫の声、時には雨の音などに彩られながら進行する能は、普通の能楽堂では味わえない風情でいっぱいだ。座布団敷きで約
160席というコンパクトな空間での臨場感も格別。都会のエアポケットのような場所で過ごす贅沢な時間を、ぜひONTOMO読者にも味わっていただきたい。

世阿弥の能『花筐(はながたみ)』

というわけでご紹介するのが、この能舞台で行なわれる代々木果迢会(かちょうかい)公演だ。代々木果迢会は、浅見真高、浅見真州、小早川修、浅見慈一の4人の能楽師が主宰するもので、10月の公演では、名人・浅見真州による舞囃子(能曲の中の舞所だけを面・装束をつけず紋付袴で舞うもの)『老松』に続いて、小早川修がシテを勤める能『花筐』が上演される。

小早川修が演じる『花筐』
撮影者:前島 吉裕

『花筐』は世阿弥作と言われる名作。あらすじはこうだ。

越前国味真野(あじまの)を治めていた大迹部(おおあとべ)皇子は、跡取りを残さず崩御した武烈天皇の皇位を継承するため、急遽、都に上ることになった。そこで、寵愛していた照日(てるひ)の前のもとに、別れの文と自らが使っていた花筐(花籠)とを届けさせる。やがて、皇子への恋慕ゆえに気が狂った照日の前は、侍女を伴って都に向かうが、その道中で、継体(けいたい)天皇となった皇子の御幸の行列に遭遇。しかし、朝臣に見苦しい狂女だと言われ、持っていた花筐を打ち落とされてしまう。それは帝の花筐だと激しく抗議し、狂乱しながら恋しい人への思いを語る照日の前に、舞うようにとの天皇からの宣旨が下り、続いて花筐を見せるよう言われる。天皇に、花籠は本物だと認められた照日の前は、再び召し出されることになり、のちに跡継ぎを生む女御となる。

印象深いのは、直接別れを告げることもなく去った恋しい人を慕って狂女となり、遠路を旅して逢いに行こうとする照日の前の一途さ健気さ。その照日の前が所望されるがままに、漢の武帝と李夫人との故事を語りながら舞う場面は、大きな見どころだ。ちなみに能では、面の下から聴こえるのが女の声色ではなく、もっと根源的な、魂そのものの声といった趣なのも特長だろう。

照日の前を演じるシテには、狂気や感情の激しさだけでなく、揺るぎない美しさや品格が求められる。日本画家・上村松園は、このヒロインを題材にして艶やかな大作「花がたみ」を描いた。

なお、大迹部皇子のちの継体天皇を、子どもが演じる(子方)のも能ならでは。能ではしばしば、天皇のような高貴な役柄を子方が演じ、聖性を表すのだ。

公演の一週間前には“「花筐」をひもとく”と題されたプレレクチャーも。ぜひ、この作品の魅力を発見し、堪能してほしい。

能は基本的に、何もかも写実的に表す芸能ではない。けれども、すべてを視覚的に説明しないからこそ、かえって深く味わえる世界があることは、音楽好きの方ならよくご存知ではないだろうか。
能の音楽や言葉の美しさ、研ぎ澄まされた動きから醸し出される感情や詩情に、観る側の想像力が刺激されたとき、そこには不思議なイリュージョンが浮かび上がり、得も言われぬ感動へと結びつくのだ。

上村松園(1875-1949)作 「花がたみ」
代々木果迢会『花筐』とプレレクチャー
プレレクチャー『花筐』をひもとく

日時:10月13日(土) 開演14:00

料金:1000円(詞章とお茶付)

講師:倉持長子

案内人:浅見慈一 他

予約:

TEL:042-462-9350(小早川)

FAX:03-3370-2757(代々木能舞台)

Email:info@yoyoginoubutai.com 

『花筐』/舞囃子『老松』

日時:10月20日(土) 開演14:00 開場13:30

料金:一般前売り4,500円 当日5,000円 学生2,000円

出演:小早川修 浅見真州 浅見慈一 森常好   谷本悠太朗 柿原弘和 田邊恭資 小寺真佐人  藤田次郎 他

予約:

TEL:042-462-9350(小早川)

FAX:03-3370-2757(代々木能舞台)

Email:info@yoyoginoubutai.com 

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