
作曲家ジョン・アダムズ「それでも、どうにかまだ芸術は生き延びていく」

現代アメリカを代表する作曲家の一人ジョン・アダムズ(1947年生まれ)は、《ニクソン・イン・チャイナ》《ドクター・アトミック》《エル・ニーニョ》などのオペラやオラトリオ、《シェイカー・ループス》《ハルモニーレーレ》などの管弦楽曲をはじめとする多くの作品が世界中で演奏されている。5月21日に都響定期に指揮者として再度客演するため来日中の作曲家に、リハーサルを終えたばかりの楽屋で行なったインタビューの後編をお届けする。

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
政治と音楽が別物? それが可能なことなのか私にはわからない
——ご自身は、《ニクソン・イン・チャイナ》《ドクター・アトミック》《クリングホファーの死》のように、しばしば政治的な題材をオペラなどのテーマにされますよね。その理由は?
アダムズ 私は、別に政治的でなければいけないと思っているわけではないし、私のオペラがすべて政治に関したものでもありません(注:最新作の一つが、シェイクスピア原作のオペラ《アントニーとクレオパトラ》)。ただ、「ポリティカル」という言葉をさかのぼると、もともとギリシャ語で「人々」という意味です。そして政治とは、人々の間における権力のことです。それは男女関係における権力であることもあれば、国々の力関係であることもある。
ヴェルディの《ナブッコ》も政治的なオペラです。《フィガロの結婚》もそうです。あれは性と権力の政治ですが、やはり政治です。ですから私は特別違うことをしているとは思っていません。
ジョン・アダムズ:《ドクター・アトミック》
私の良き協力者である演出家ピーター・セラーズ(1957~)が、そういうアイデアをいくつか私に植え付けていった部分もあります。《ドクター・アトミック》については、アメリカ版『ファウスト』(※ゲーテの戯曲)を作ってほしいという依頼だったのです。提案してくれた人がオッペンハイマー(※原子爆弾開発の指導者的役割を果たした物理学者)の名前を出したので、これは良いテーマではないかと思いました。

アメリカ、ニューイングランド生まれ。幼少期に父からクラリネットを学び、10歳で作曲を開始。10代で自作の管弦楽曲が演奏された。
現代クラシック音楽を代表する存在の一人で、30年以上にわたり活躍している。作品は表現力や音色の豊かさ、人間主義的なテーマで知られ、現代音楽の中でも演奏機会が多い。
演出家ピーター・セラーズとの共同制作によるオペラ作品で高い評価を獲得。代表作《ニクソン・イン・チャイナ》は、アメリカ・オペラの重要作として国際的に評価されている。
グラミー賞を多数受賞し、Nonesuch Recordsから30枚以上のアルバムを発表。75歳時には全作品を収録した40枚組ボックス『ジョン・アダムズ全集』が発売された。
指揮者としても活動し、ニューヨーク・フィル、ロンドン交響楽団、ベルリン・フィル、ロサンゼルス・フィルなど世界的オーケストラと共演。メトロポリタン歌劇場では複数の作品が上演され、存命作曲家の中でも特に多く取り上げられている。
2021年にエラスムス賞とBBVAフロンティア・オブ・ナレッジ賞を受賞。イェール大学、ハーバード大学、ケンブリッジ大学などから名誉博士号を授与されている。自伝『ハレルヤ・ジャンクション』の著者でもあり、『ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー』への寄稿も行っている。
——日本では、政治と音楽は別物であるべきという意見を持っている人が、特に若い人たちの間には多いんです。それに対してはどう思われますか?
アダムズ それが可能なことなのか、私には疑問です。ラブソングでさえ、ある意味で権力関係、つまり政治なのですから。ひょっとすると何か誤解があるのかもしれません。私たちのような年長の人間が、若い人たちが政治について歌ったりしたらかえってナーバスになってしまうのではないか、問題につながるのではないかと心配しているのかもしれません。ただ日本の若者がどんなことを考えているのか、私にはよくわからないのですが。
——せっかく日本に来てくださっているので、ご自身にとってのアジアについて聞かせてください。たとえばプッチーニの場合だと、日本や中国はエキゾチックな空想の帝国だったわけですし、ジョン・ケージの場合なら日本の禅は、哲学的な思索の源泉だったと思うんです。では、ご自身の作曲活動にとってアジアが意味するものとは?
アダムズ まず申し上げると、私には孫が2人おりまして、2人ともハーフ・アジアンなのです。見た目もとてもアジア系で、息子の妻が韓国人なんです。孫たちのことを非常に誇りに思っています。
哲学的に何か大げさなことを言えるわけではないのですが、若い頃、大学時代には仏教に非常に興味を持ちましたし、日本の芸術は特に好きです。一度、友人が武満徹さんを私の家に連れてきてくれて、一晩を一緒に過ごしたこともありました。日本文化には本当に素晴らしいと思うことがたくさんあります。特にスケール感と自然への敬意、そういったところが非常に好きです。そして、都響だけでなく新国立劇場合唱団も本当に素晴らしい。

——今回のコンサートでは、《ナイーブ・アンド・センチメンタル・ミュージック》で、フリードリヒ・シラーの芸術論に基づいた作品ということですが、シラーというと、ベートーヴェンの「交響曲第9番」、ロッシーニの《ウィリアム・テル》、ヴェルディの《ドン・カルロ》のような、偉大であるとともに、ある意味政治的な作品の原作者でもあります。ご自身にとってのシラーはどういう存在なんですか?
アダムズ 実は私はシラーの戯曲にはあまり詳しくないのです。ただ、彼が書いたひとつのエッセイがありまして、それが『素朴文学と情感文学について』です。彼はそこで「ナイーブ」と「センチメンタル」という対立、二極性を提示しました。「ナイーブ」というのは、意識的な知的推論なしに生み出される芸術のことで、悪い意味ではなく、モーツァルトやシューベルト、あるいは偉大なジャズシンガーのような存在を指します。一方「センチメンタル」という言葉は難しい言葉で、ほとんどのアメリカ人は少し品の低いもの、恋をしているティーンエージャーのようなものと受け取りがちです。しかしシラーが言う「センチメンタル」は、意識的な芸術へのアプローチを指す、非常に知的なものなのです。
ジョン・アダムズ:《ナイーブ・アンド・センチメンタル・ミュージック》
私自身の中には、その両方があります。何も考えずに作曲しているようなナイーブな側面と、非常に意識的に進めている側面と。これはかなり哲学的な考えですが、あまり深刻に捉えなくていいと思います。要するに、大きな交響曲が生まれた、ということです(笑)。
社会がより良くなるために、音楽は常に重要
——財団を作って若い音楽家の支援や教育活動をされておられますね。その活動で大切にされていること、ご自身が考える音楽教育のあり方についてもお聞かせください。
アダムズ 私が少年だった頃、1950年代後半から1960年代にかけてですが、すべての公立学校に音楽教育がありました。オーケストラやバンドや合唱があり、中学・高校を通じてそれが当たり前でした。しかし、今はその多くがなくなってしまいました。政治のせいです。ですから私のような人間が、受け取ったものを返していかなければならないと思ったのです。
私たちが支援しているのは主に、財政的に厳しい状況に置かれている学校があるコミュニティ、貧困地域の学校システムです。これは私がすべきことだと思っています。
——幼少期には、お父様からクラリネットを教えてもらって、地域のマーチングバンドやオーケストラで演奏していたそうですね。そして10歳ぐらいの頃に作曲を始められたと。
アダムズ 私はとても小さな町で育ち、遊び相手たちは音楽的ではありませんでした。ただ、両親は音楽が好きで、母はアマチュアのミュージカルに参加しており、父はクラリネットを吹いていたので、私も父のバンドで一緒に演奏させてもらいました。作曲を始めたきっかけは、10歳のときに学校の先生が子ども向けのモーツァルトの伝記を読み聞かせてくれたことです。少年が交響曲を書くというのが、自分もやってみたいと思わせてくれたのです。
――社会がより良くなるために、音楽家や音楽の指導者ができることがあるとすれば、一体何だとお考えですか。
アダムズ 音楽は常に重要です。そしてすべての人間が音楽を必要としています。その種類は何であれ、ポップ・ミュージックであれ、教会音楽であれ、ベートーヴェンであれ、ストラヴィンスキー、ジャズであれ。音楽がこれほど重要な理由は、音楽が「表現」するからです。感情を人々に伝えるものだからこそ、みんながほしいと思い、必要と感じるのです。
アメリカでは公立学校から音楽教育がなくなってしまいましたが、それでも世界最高水準の音楽家たち、最高のオーケストラ、素晴らしい作曲家たちが生まれている――どうにかまだ芸術は生き延びていくのだと思います。

ジョン・アダムズは今年79歳。リハーサル後の楽屋で行なわれたインタビューでは、最初はやや疲労感を滲ませていたものの、話が進むうちに表情には生気が戻り、1970年代のベトナム反戦運動やカウンターカルチャーの影響について問われたときに「もちろんですとも!」と肯定した際の強い調子には驚かされた。
最後にAIのもたらす音楽の未来について質問すると、もう結構というふうに嫌悪感を露わにして「そのことについては答えたくない」と言ったのも印象的だった。
アダムズの音楽は、代表作の一つ《ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン》のように、猛スピードで進む“光るオーケストラ”のような美学が特徴的である。それは未来的な世界観のように思えるが、実際には過去から多くを継承した結果でもある。
――林田直樹
ジョン・アダムズ《ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン》





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