
作曲家ジョン・アダムズが語る、シェーンベルクとアイヴズへの複雑な思い

現代アメリカを代表する作曲家の一人ジョン・アダムズ(1947年生まれ)は、《ニクソン・イン・チャイナ》《ドクター・アトミック》《エル・ニーニョ》などのオペラやオラトリオ、《シェイカー・ループス》《ハルモニーレーレ》などの管弦楽曲をはじめとする多くの作品が世界中で演奏されている。2024年1月の東京都交響楽団への指揮者としての初登場がセンセーショナルな反響を巻き起こしたのは記憶に新しい。その都響定期(2026年5月21日)に再度客演するため来日中の作曲家に、急遽インタビューを行なった。

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...
都響はアメリカやイギリスの最高のオーケストラと何ら変わらない
——まず最初に申し上げたいのは、前回(2024年1月)に来日されたときのコンサートが本当に素晴らしくて、それを何よりも最初にお伝えしたかったです。録音で聴くのとはまったく次元の違う体験で、時間と空間の旅に連れていかれるような感じでした。どうやってそんな音楽を作ることができるのか、その魔法の秘密をお教えください。
アダムズ それは私もよく聞かれる質問でして、答えを知っていればいいのですが、実は知らないほうがいいのかもしれません。というのも、もしその答えを知ってしまったら、おそらく同じことを繰り返せばいいと思ってしまい、新しいアイデアが生まれてこなくなるでしょうから。

アメリカ、ニューイングランド生まれ。幼少期に父からクラリネットを学び、10歳で作曲を開始。10代で自作の管弦楽曲が演奏された。
現代クラシック音楽を代表する存在の一人で、30年以上にわたり活躍している。作品は表現力や音色の豊かさ、人間主義的なテーマで知られ、現代音楽の中でも演奏機会が多い。
演出家ピーター・セラーズとの共同制作によるオペラ作品で高い評価を獲得。代表作《ニクソン・イン・チャイナ》は、アメリカ・オペラの重要作として国際的に評価されている。
グラミー賞を多数受賞し、Nonesuch Recordsから30枚以上のアルバムを発表。75歳時には全作品を収録した40枚組ボックス『ジョン・アダムズ全集』が発売された。
指揮者としても活動し、ニューヨーク・フィル、ロンドン交響楽団、ベルリン・フィル、ロサンゼルス・フィルなど世界的オーケストラと共演。メトロポリタン歌劇場では複数の作品が上演され、存命作曲家の中でも特に多く取り上げられている。
2021年にエラスムス賞とBBVAフロンティア・オブ・ナレッジ賞を受賞。イェール大学、ハーバード大学、ケンブリッジ大学などから名誉博士号を授与されている。自伝『ハレルヤ・ジャンクション』の著者でもあり、『ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー』への寄稿も行っている。
——都響の印象はいかがですか? アメリカのオーケストラとの違いはどうでしょう。リハーサルではどんなことを指示されたんですか?
アダムズ 都響がアメリカやイギリスの最高のオーケストラと何か異なるとは思いません。非常に高い演奏水準を持つオーケストラです。唯一の違いといえば、私が何か言う際に、非常にはっきりとゆっくり話さないとみんなに理解してもらいにくい、ということに気づいたことですね。ただ音楽的にはまったく差はありません。2年前に《ハルモニーレーレ》を指揮したときも、今回も、オーケストラの多くのメンバーがすでにレコーディングを通じてこの曲を耳で覚えているほど知っていたので、それが大きな助けになっています。
付け加えると、最初の招聘を受けた理由は、友人の指揮者アラン・ギルバートがこのオーケストラを勧めてくれたからです。日本で最も好きなオーケストラだと言ってくれたので、来日を決めました。それだけ私はアランの意見を尊重しているということです。
2024年共演時の演奏
ジョン・アダムズ:《ハルモニーレーレ》
シェーンベルクは愛憎入り混じる存在、アイヴズは音楽的な祖父のような存在
——前回来日されたときはアルノルト・シェーンベルクの生誕150年でしたし、プログラムでもシェーンベルクが意識されていましたね。今回はチャールズ・アイヴズの《答えのない質問》が入っています。この2人の作曲家は、ご自身にとってはとても大事なルーツとしてお考えですか?
アダムズ そうですね。私の若い頃の先生が、短期間ですがシェーンベルクに師事していたので、大学時代にシェーンベルクについてたくさん聞くことができました。英語でよく「ラブ・ヘイト・リレーションシップ(love-hate relationship)」と言いますが、誰かを深く尊敬しながら、同時にその人のやっていることに強く反対意見を持つ、そういう関係が私とシェーンベルクです。
彼の作品には素晴らしいものがたくさんありますが、私は、彼は間違っていたと思います。彼は無調音楽が音楽の未来だと考えましたが、実際にはそうではなかったということは、今ならはっきり言えます。
——アイヴズについてはどうですか?
アダムズ チャールズ・アイヴズは、私にとっての音楽的な祖父のような存在です。まず私もアメリカのニューイングランドで育ちましたし、私とアイヴズは幼少期が非常に似ています。私も父から音楽を学びましたし、彼もそうでした。私の父が興味を持っていたのは、エマーソン、ソロー、ホイットマンといった当時の哲学者・詩人たちです。
そして私がアイヴズを発見したのは、バーンスタインが「交響曲第2番」を録音したことがきっかけでした。それ以前は、世間の誰もアイヴズという作曲家を知らなかったと思いますが、バーンスタインのレコーディングのおかげで彼は世界的に知られるようになりました。
アイヴス:交響曲第2番(バーンスタイン指揮、ニューヨーク・フィルハーモニック)
——アイヴズは私も大好きな作曲家で、なんだかすごく散らかってるじゃないですか、ごちゃごちゃで。あっちのほうからマーチングバンドが来たり、こっちのほうからサーカスのパレードがあったり、無関係なものが一つの空間に共存している。机の上はさぞかし散らかっていたんだろうなっていう……。でも、それも美しいと言っているようなおおらかさを感じます。
アダムズ 私はアイヴズに対しては複雑な気持ちを抱いています。今おっしゃったあのめちゃくちゃな感じは、とてもよくわかります。しかし同時に、私は非常にフラストレーションも感じるのです。

20年ほど前に、「交響曲第4番」を指揮する機会がありました。何ヶ月もかけて準備しましたが、リズム面でオーケストラには理不尽すぎる箇所があり、部分的に書き直したりもしました。私はこの第4番を、音楽的な『白鯨』(ハーマン・メルヴィル)にしたいと思っていたのです。
『白鯨』がアメリカの偉大な小説であるように、これをアメリカの偉大な交響曲として位置づけたかった。しかし問題が多すぎました。なぜそうなったかというと、アイヴズは自分の音楽を実際に聴くことができなかったからです。たとえばマーラーは、自分の曲を演奏して、書き直し、また演奏して、変更を加えた。経験を積んだ人間なら誰でも、紙に書いたことがすべて正しいわけではないと気づくものです。アイヴズにはそれができなかった。あの作品にはどうしても問題が多すぎます。もちろん名作ではあります。しかし問題が多すぎると判断して、私はもうあれは指揮しないことにしました。
アイヴス:交響曲第4番(ジョン・アダムズ指揮、アンサンブル・モデルン・オーケストラ、コレギウム・ヴォカーレ・ヘント)
——レナード・バーンスタインの名前が出てきましたけれども、昔バーンスタインに手紙を書いたことがあるという記述を読んだことがあります。その手紙の内容は、「どうしてピエール・ブーレーズのように書かないのか」っていう、抗議の内容だったそうですね。シェーンベルクに対する愛憎半ばする気持ちを先ほど言われましたが、昔は前衛や実験音楽はすごい力を持っていましたし、そういう時代にやっぱり影響を受けたということの表れなんでしょうか。
アダムズ バーンスタインがそういう作曲をしなくて本当に良かったと、今は思っています(笑)。当時私は18歳でした。大学1年生ほど独断的で不寛容な存在はいません。私も18 歳のときは非常に不寛容で、バーンスタインに抗議の手紙を書いてしまったのです。
ボブ・ディランやアレン・ギンズバーグ、ロックとともに育った世代に属することを誇りに思う
——ご自身は世代的にはビートルズ世代ですよね。それからベトナム反戦運動を若い頃に経験されていると思うんですけど、当時のカウンターカルチャー的なものに若い頃に接したということが、今のあなたには影響しているんでしょうか。
アダムズ (強い調子で)もちろんですとも! あの時代の学生による抗議運動があったからこそ、ベトナム戦争は終わったのだと思います。非常に緊張した時代でした。
そして今、ひどく心が痛むのは、トランプの時代に学生たちが抗議することを恐れており、声を上げることができないでいることです。非常に悪いことです。アメリカは今、権威主義的な国家へと向かいつつあります。極めて憂慮すべき、本当に良くない時代です。私はボブ・ディランやアレン・ギンズバーグ、ビート世代、ロックとともに育った世代に属することを誇りに思っています。もっとも私自身への影響という意味では、ロックよりもジャズのほうが大きかったですが。
——ジャズといえば、確かデューク・エリントンのバンドでピアノを弾いたことがある、という記事を読んだことがあるんですけど、本当ですか?
アダムズ 私はピアノが弾けないのですが、彼のピアノの横に座ったことならあります(笑)。祖父がダンスホールを経営していて、エリントンのバンドがそこで演奏したことがあったんです。エリントンはとてもおおらかな人で、酔っ払った女性が彼の横に座っていたのですが、彼女が席を立ったときに、私がそっと滑り込んで隣に座ってしまったのです。そのとき私は18歳くらいでした。エリントンはもちろん、アメリカ最大の作曲家ですから、それを意識していましたよ。

後編では、音楽と政治や社会、教育について語ります!
日時: 2026年5月21日(木) 19:00開演
会場: サントリーホール
出演: ジョン・アダムズ(指揮)、新国立劇場合唱団(合唱)、冨平恭平(合唱指揮・副指揮)
曲目: ジョン・アダムズ/ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック(1999) [日本初演]、アイヴズ/答えのない質問、ジョン・アダムズ/ハルモニウム(1980)
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