読みもの
2021.12.01
12月の特集「ウィンタースポーツ」

ヨーロッパ屈指のゲレンデで冬を満喫したリヒャルト・シュトラウスとカラヤン

ウィンタースポーツ好きの音楽家は誰だ!? リヒャルト・シュトラウスとヘルベルト・フォン・カラヤン、威厳ある2人の意外な素顔を紹介します。

実はスキーも得意!
大井駿
実はスキーも得意!
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

オーストリア、ハルシュタット。ザルツブルク近郊の村ですが、この裏山には壮大なゲレンデが広がっています(筆者撮影)。

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ヨーロッパの冬といえば……

だんだんと寒くなってきましたね! 冬は、クリスマスにお正月に……と、たくさんのイベントが目白押しの季節ですが、忘れてはいけません。ウィンタースポーツもアツい季節です! そして、来たる2022年2月には、第24回冬季オリンピック「北京2022」も控えています。

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これまでの冬季オリンピックの歴代メダル獲得数を国別に見てみましょう。1位はノルウェー(368個)、ダントツです。次に続く2位は、アメリカ合衆国(305個)。そして、3位にドイツ(240個)、4位にオーストリア(232個)が入っています。ヨーロッパの国がかなり上位に食い込んでいますね!

このランキングを見てもわかる通り、国土のほとんどをスカンジナビア山脈が占めるノルウェー、そしてヨーロッパ中央に横たわるアルプスを国土にもつドイツ、オーストリアでは、ウィンタースポーツが大変盛んなのです。そんなヨーロッパ出身の音楽家にも、雪をみるとついつい滑りたくなった人たちはいたのでしょうか……いたのです!  今回は、そんな音楽家を2人ご紹介いたします。

ウィンタースポーツの聖地で孫とソリすべりをしたリヒャルト・シュトラウス

雪の中のベンチに座るリヒャルト・シュトラウス。

作曲家、指揮者として大活躍したリヒャルト・シュトラウス(1864~1949)。

彼の故郷である、南ドイツ・ミュンヘンは、大都市にもかかわらず、標高が520mもあります。実は街中からもアルプス山脈が見えるほど、山が近い場所なのです(ミュンヘンは2018年冬季オリンピックの開催候補地でした)。

そんな場所の出身ではあったものの、リヒャルト・シュトラウスは、若い頃はまだウィンタースポーツに触れることはなかったそうです。キャリアを積み、ある程度の余裕も出てきた時期(44歳、1908年)に、ガルミッシュ=パルテンキルヒェンに引越します。このガルミッシュ=パルテンキルヒェンという場所は、アルプスの山の麓に位置するドイツの田舎町なのですが、実は1936年に第4回冬季オリンピックが行なわれた場所でもあります。

なので、冬はふかふかの雪が積もり、ヨーロッパでも屈指のウィンタースポーツの聖地です。

リヒャルト・シュトラウスさんは、ここでウィンタースポーツをしたのでしょうか…? 答えは、「していなくはなかった」という感じです(笑)。では何をしていたのか……スケートとソリすべりです。

スケートは、奥さんのパウリーネとよく滑っていたそうですが、特に孫が冬休みに遊びに来ると、一緒にソリすべりを楽しんでいたとか! シュトラウスがソリすべりを楽しむ写真も残されています。

ソリすべりをするリヒャルト・シュトラウス(1900年代後半)。

では、ほかのウィンタースポーツはどうだったのでしょうか? スキーはしていたようですが、あまり乗り気ではなかったようです。リヒャルト・シュトラウスと一緒にソリすべりをしていたお孫さんによると、「スキーなんてものは、ノルウェーの郵便配達員がやることだよ」と言っていたとか。

そもそもスキーは、ノルウェーから有名になったスポーツで、19世紀になってやっとスポーツとして認知されるようになったそうです。1864年生まれのリヒャルト・シュトラウスが生まれた頃は、まだスキーはスポーツとしてはマイナーだったので、確かにその言い分もわからなくはないですね……。

このガルミッシュ=パルテンキルヒェンという街からは、ドイツ最高峰のツークシュピッツェ(標高2962m)を望むことができ、リヒャルト・シュトラウスもこの山まで登っていました。若い頃にこの山に登った体験を書いた《アルプス交響曲》は今でもよく演奏されます。

筆者もこの山には何回か足を運びましたが、ドイツのてっぺんから見渡すアルプス山脈はなんとも素晴らしい景色でした!

ガルミッシュ=パルテンキルヒェンのゲレンデ総延長は、なんと約120km! スキーをする筆者。

リヒャルト・シュトラウス:《アルプス交響曲》(自作自演)

リヒャルト・シュトラウスは、このウィンタースポーツの聖地で亡くなり、現在もその山の麓で静かに眠っています。

リヒャルト・シュトラウスのお墓(筆者撮影)。

ザルツブルクとサン・モリッツでスキーを楽しんだヘルベルト・フォン・カラヤン

雪の上で近所のシェパードと写真を撮るカラヤン。
©︎Neu Zürcher Zeitung

そしてもう一人、ウィンタースポーツと馴染みのある音楽家……指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989年)です!

カラヤンは1908年、オーストリアのザルツブルク出身。この地は、冬になると山のように雪が降ります。ザルツブルク近郊にはゲレンデがたくさんあり、冬のザルツブルク駅や空港は、スキー板やスノーボードを持った人たちでいっぱいになります(ザルツブルクは2014年冬季オリンピック開催候補地でした)。そんな場所で生まれ育ったカラヤンは、リヒャルト・シュトラウスとは違い、しょっちゅうスキーをしに、近くの山へ足を運んでいました。

のちにザルツブルクを離れたカラヤンは、別荘をスイスのサン・モリッツに構えます。この地は、1928年(第2回)と1948年(第5回)の2回にわたり、冬季オリンピックを開催した場所でもあります。リゾート地としても有名な場所ですが、カラヤンがこの地を選んだ目的は、もちろんスキーでもありました。ベルリン・フィルの団員たちとサン・モリッツの別荘に集まっては、一緒にスキーに行くこともあったそうです。

サン・モリッツでスキー板を担ぐカラヤン。

ほかにも、スキーを好んだ音楽家には、フルトヴェングラーやバーンスタインがいます。こうして見てみると、スキー好きで話題になるのは、なぜか指揮者が多いですが、冬の休暇になると指揮棒をストックに持ち替え、壮大な自然を目の前に疾走する興奮は、どこか本職につながる部分があるのかもしれませんね……!

スキーを楽しむフルトヴェングラー(オーストリア西部・フォアアールベルク)
スポーツがかなり得意だったフルトヴェングラーは、特にスキーに関しては、プロ並みの腕前だったとか。しかし、1941年3月に、オーストリア西部のザンクト・アントン(アルペンスキー発祥の地)でスキー中に転倒、数カ所の骨折という大怪我に見舞われ、半年以上の活動停止を余儀なくされました。
©︎Berliner Zeitung
実はスキーも得意!
大井駿
実はスキーも得意!
大井駿 指揮者・ピアニスト・古楽器奏者

1993年生まれ、東京都出身。2022年、第1回ひろしま国際指揮者コンクール(旧:次世代指揮者コンクール)優勝。パリ地方音楽院ピアノ科、ミュンヘン国立音楽演劇大学古楽...

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