
クラウス・マケラと三つのオーケストラ――パリでの公演レポート

海外のクラシック界のニュースやコンサート、オペラ公演の様子を、現地在住の筆者がいちはやくお届け。今回は1~3月のパリの音楽シーンから、注目の指揮者クラウス・マケラの3公演をレポートします。
2020年に24歳でオスロ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者、2021年にパリ管弦楽団の音楽監督となったクラウス・マケラ(1996年生まれ)は、パリでもあいかわらず高い人気を保っている。
年初からのフィルハーモニー・ド・パリでのマケラの活躍を振り返ってみたい。
オスロ・フィル~聴衆の熱狂と解釈のへだたり
1月20日はノルウェー王妃臨席の下、オスロ・フィルとともにショスタコーヴィチの交響曲を2曲取り上げた。
前半の「交響曲第6番」ロ短調は3楽章の比較的短い作品だが、全体のほぼ半分の長さを占める「第1楽章 ラルゴ」をマケラは極端に遅いテンポで振った。木管楽器のソロは、楽想に緊迫感を与えていたフルートを筆頭にいずれも優れていたが、無理のあるテンポのせいで、初演したエフゲニー・ムラヴィンスキーやキリル・コンドラシンが総譜から引き出した濃密な寂寥感が希薄になった。第2、3楽章では楽団のヴィルトゥオーゾぶりに観客が熱狂したが、細部の彫琢はいま一つで、演奏が上滑りした感じは否めなかった。
後半の大作「交響曲第8番」ハ短調をマケラは明暗のコントラストを際立たせる方法でまとめようとした。これは彼の常套手段で、ゆったりとした部分はいっそうテンポを落とし、速度の速いところは疾走し、大音量を炸裂させた。一つの曲にメリハリを付けることは重要だが、それがあまりにも機械的に行われた結果、ショスタコーヴィチが曲に託した戦時の暗澹たる気分と微かな希望は、本来の生気を失ってしまった。
指揮に問題を残しながら、多くの観客と奏者たちが興奮したのは、ショスタコーヴィチの作品が持つ抗いがたい魅力のためだったのだろう。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管~コンビ成長へ期待
2月9日には、2027年からマケラを首席指揮者に迎えるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とブルックナー「交響曲第8番」ハ短調を演奏した。同楽団は2018年以後、首席指揮者が空席だっただけに、俊英マケラに対する団員たちの期待は大きい。
壮大な「交響曲の中の交響曲」の演奏時間は1時間半を超えた。ハース版を使ったことと、第1楽章と第4楽章の遅めのテンポが主な理由だった。明るい第2主題の抒情性を強調したかったのかもしれないが、ほかの指揮者で感じられた、曲全体を貫く緊張感が途切れてしまった。冒頭の低弦によるゴツゴツした岩を想起させる角張った感じや決まったリズムの繰り返しから生まれる仮借なさ、といった要素も影を潜めた。さまざまな紆余曲折を経て、「変容」に到達するまでの長い道程は、情感の多様さや全体を見渡す視野がなければ構築されない。
それでもコンセルトヘボウ管ならではの弦楽器の豊潤な響きや独自の光沢を放つ管楽器の魅力は耳にこころよかった。優れた団員と破格の音響を誇るホール、コンセルトヘボウで演奏を重ねることで、マケラが成長していくことに期待したい。
パリ管~イム・ユンチャンとの秀演

いっぽう、3月11日のパリ管弦楽団とのラフマニノフの夕べは大きな成功を収めた。
ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」ハ短調をマケラとイム・ユンチャンは、すでに2024年3月に演奏している。当時は、繊細なイムとオーケストラを派手に鳴らすマケラのアプローチの違いが齟齬をきたしていたが、今回は違った。
「第1楽章 モデラート」から切れ味のよい響くピアノに誰もが惹きつけられた。数年前に比べ、音に厚みが出て、曲を前に進める勢いが感じられた。オーケストラの音に耳を傾けたイムのピアノは音色が多彩で、音にきらめきがあるだけでなく芯があって、pやppでもかき消されることはなかった。
「第2楽章 アダージョ・ソステヌート」でのフルート・ソロとのぴたりと息のあった掛け合い、悠揚迫らぬカデンツァの濃密な情感は観客を魅了した。「第3楽章 アレグロ・スケルツァンド」のたたみかけるような強い連打も音の粒がよくそろって、柔らかさがあったのには驚かされた。マケラはイムのピアノに寄り添って、一体感のある演奏へと導いた。なお、この秀逸な演奏は、デッカ・レーベルがライヴ録音を行った。
いくつかの留保をつけたが、マケラが2027年のコンセルトヘボウ管首席指揮者とシカゴ交響楽団音楽監督就任に向けて、着実に地歩を固めていることは間違いない。





関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
関連する記事
ランキング
- Daily
- Monthly
新着記事Latest



















