
ニュー・オーリンズの音楽界で天才と呼ばれたピアニスト、ジェイムズ・ブッカーの映画が公開

ラジオのように! 心に沁みる音楽、今聴くべき音楽を書き綴る。Stereo×WebマガジンONTOMO連携企画として、ピーター・バラカンさんの「自分の好きな音楽をみんなにも聴かせたい!」という情熱溢れる連載をアーカイブ掲載します。
●アーティスト名、地名などは筆者の発音通りに表記しています。
●本記事は『Stereo』2026年6月号に掲載されたものです。

ロン ドン大学卒業後来日、日本の音楽系出版社やYMOのマネッジメントを経て音楽系のキャスターとなる。以後テレビやFMで活躍中。また多くの書籍の執筆や、音楽イヘ...
ピアノはとにかく驚くほど卓越していた
「ニュー・オーリンズの音楽」というと、今では独特のシンコペイションを特徴とするリズム&ブルーズのことを指しているのは音楽ファンの間でよく知られていると思います。ぼくも含めて多くの人がそのサウンドを初めて意識するきっかけとなったのは、1972年にドクター・ジョンが発表したアルバム『ガンボ』でした。
ドクター・ジョン:ガンボ
そのアルバムのなかでドクター・ジョンが取り上げている古い曲の一つは、「ティピティーナ」という8小節の明るめのブルーズです。そのオリジナルを作ったプロフェサー・ロングヘアのアルバムも同じ1972年に発売されましたし、ドクター・ジョンの次作『イン・ザ・ライト・プレイス』をプロデュースしたアラン・トゥーサントやバックを務めたミーターズにも次第に話題が集まるようになっていったのです。
ドクター・ジョン:イン・ザ・ライト・プレイス
そして「ガンボ」に収録されたもう一つの曲「ジャンコ・パートナー」をタイトルとしたアルバムが、1976年に出ました。演奏者はジェイムズ・ブッカー(本当の発音はブカ…)というピアニスト、ジャケットの写真では大きな星印で飾られた黒の眼帯が左目を覆っています。アルバムの冒頭からショパンの「子犬のワルツ」(英語ではMinute Waltz)をややジャズ風に料理して「Black Minute Waltz」としていきなり聴き手の予想を完全に裏切ります。それに続くのはレッド・ベリーで有名な「グッドナイト・アイリーン」をブギウギ調で解釈した演奏で、他には「明るい表通りで」をニュー・オーリンズ風にしたものもあり、ジャンル的にくくりにくい作品ですが、ピアノはとにかく驚くほど卓越しています。
ジェイムズ・ブッカー:ジャンコ・パートナー
稀有な音楽家の記録を残そうと6年費やした映画
タイトル曲の「ジャンコ・パートナー」は、麻薬所持で長期の実刑を言い渡されたジャンキーの立場で歌ったかなり古い曲で、ジェイムズ・ブッカー自身も同じ理由でしばらくルイジアナ州立刑務所(通称アンゴーラ)で過ごしたことがありました。
このアルバムをプロデュースしたジョー・ボイドは、別のレコーディングでブッカーが他のミュージシャンとうまく噛み合っていなかったとき、咄嗟に「ジャンコ・パートナーって曲を知っている?」と訊いたそうです。ブッカーは「知っているかって? 俺のテーマ曲みたいなもんだよ!」と答え、そのやり取りが間接的にこのアルバムの制作につながったのです。その話の詳しいところは、ジェイムズ・ブッカーに関するドキュメンタリー映画『ジェイムズ・ブッカー/愛すべきピアノ・ジャンキー』で聞くことができます。
2013年にアメリカで公開されたこの映画を昨年の音楽映画祭で2回だけ上映しましたが、5月29日から一般公開されています。
監督のリリー・キーバーはノース・カロライナ州出身で、映画製作も含む芸術関係のいろいろな分野を学んだ後、ハリケイン・カトリーナの翌年2006年に23歳で、何の計画もなくニュー・オーリンズに移住したのです。彼女が「世界一のdive bar(安酒場)」と呼ぶVaughanʼs(ヴォーンズ)でバーテンダーとして働き始めると、そのバーのジュークボックスでたまたま見つけたジェイムズ・ブッカーのCD『Resurrection of the Bayou Maharajah』を聴いて、最初はその不思議なサウンドは今一つ理解できなかったと言いますが、次第にブッカーの音楽性に魅了され始めました。リリーは、バーの常連客からも彼にまつわるさまざまなエピソードを聞いているうちに、すでに1983年に43歳で亡くなっていた彼の人生とキャリアを記録すべきだと決めました。素材探しと音楽の権利処理などに合計6年以上かかった労作です。
ジェイムズ・ブッカー:Resurrection of the Bayou Maharajah
映画のなかで、今やあの世へ出発したドクター・ジョンもアラン・トゥーサントも惜しみなくブッカーのことを「天才」と呼んでいます。しかし、トゥーサントが付け加えるのは、「彼はいくつものことが見事にできるけれど、聴き手のほうは一度にいくつものことを吸収するのは無理なので、“今日はこれだけに集中しようね”と説得できるプロデューサーが必要だったと思う」とのことでした。生前にジェイムズ・ブッカーが大スターになれなかったのは、端的に言うとそんな原因もあったと思います。
ドクター・ジョンやアラン・トゥーサントらが思いを語る
でも、その他にも彼には色々な問題がありました。今の時代なら躁鬱と診断されるようなところ、半世紀以上前の差別的なアメリカ南部で黒人でゲイだったこと、時にはアルコールや麻薬に溺れていたことなど、ハードルが高かったことは確かです。しかし、「ジャンコ・パートナー」を出したあとくらいからしばらく一人でヨーロッパ各国を回って、フランス、スイス、東西ドイツ、イギリスで行なったソロ・コンサートのライヴ盤が亡くなったあとに発売されています。どこでも喝采を受けた彼のいい気分は、ニュー・オーリンズに戻ってまったく注目されず、これという仕事もない状態で落ち込んでしまいました。
映画では演奏シーンもあり、ドクター・ジョンやアラン・トゥーサントの他にブッカーに関係した多くの人たちが彼のことを語ります。子どものときにブッカーから直接ピアノの手ほどきを受けたハリー・コニック・ジュニアーが、実際にカメラの前でピアノを弾きながらブッカーの凄まじいテクニックを見せるシーンを観ると、おそらく誰でも「恐れ入りました」と唸るでしょう。

©2016 BAYOU MAHARAJAH,LLC
ニュー・オーリンズの音楽の好きな人でもジェイムズ・ブッカーのことを知っている人は限られていると思いますが、『ジェイムズ・ブッカー/愛すべきピアノ・ジャンキー』をぜひ観て、彼の唯一無二のピアノ演奏に触れていただきたいです。
詳細は、映画公式サイト「イベント情報」ページをご確認ください。





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