読みもの
2022.06.04
毎月第1土曜日 定期更新

【林田直樹の 今月のCD ベスト3選】
ヴィヴァルディ《四季》/宮澤賢治『イーハトーヴ歌曲集』/R・シュトラウス管弦楽作品集

林田直樹さんが、今月ぜひCDで聴きたい3枚をナビゲート。CDを入り口として、豊饒な音楽の世界を道案内します。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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DISC 1

自然に着想を得た芸術のあり方を考える上でインスピレーションを与えてくれる

「INTO NATURE -自然の中へ- ヴィヴァルディ『四季』(全曲)と母なる大地の様々な音色たち」

エンリコ・オノフリ(バロック・ヴァイオリン)、イマジナリウム・アンサンブル
収録曲
ジャヌカン:シャンソン『鳥の歌』(編曲)
ウッチェッリーニ:シンフォニア 第16番 『グランチフローラ』(大輪の花)
パシーノ:ソナタ 第11番 『様々な野蛮動物の鳴き声を模倣して』
ヴィヴァルディ:和声と創意の試み 作品8より『四季』(全曲)(ソロ・ヴァイオリン:エンリコ・オノフリ)

[日音 UZCL-2226]

イタリアのラヴェンナ生まれの鬼才ヴァイオリニスト、エンリコ・オノフリの演奏は、常に聴き手を驚かせ、考え込ませ、発見と喜びへと誘ってくれる。

今回の新たな《四季》は、みずみずしく気品のある演奏のみならず、マリーニやジャヌカンやメールラ、パシーノ、ウッチェリーニといったバロック期の作曲家たちによる自然の豊穣なイメージを盛り込んだ音楽ともども、一つの強いメッセージ性を持ったアルバムとして完成されている。

オノフリ自身によるエッセイ「暗示と写実の間で」には、どれほどヴィヴァルディについて原典や様式を研究し、深い思いを巡らせてきたかが綴られている。
「進むべき道は語り部になること、つまり、ヴァイオリンが稲妻、鳥、羊飼い、酔っぱらい、雪や荒れ狂う風の物語を語るようになることです。ただし、語り部は、必死で物語を描くも、自らが主人公ではありません」というくだりは、とりわけ興味深い。

自然に着想を得た芸術のあり方を考える上で、またとないインスピレーションを与えてくれる1枚である。

DISC 2

宮澤賢治の文学を愛する人ならぜひ手元に置いておきたい

宮澤賢治歌曲全集「イーハトーヴ歌曲集」

福井敬(テノール)谷池重紬子(ピアノ)、他
[収録曲]
星めぐりの歌 【宮澤賢治作曲】
ポラーノの広場のうた 【C.H.ガブリエル原曲】
角礫行進曲 【グノー作曲】
種山ヶ原 【ドヴォルザーク作曲】
弓のごとく 【ベートーヴェン作曲】
火の島の歌 【ウェーバー作曲】
饑餓陣営のたそがれの中 【讃美歌原曲】
耕母黄昏 【宮澤賢治讃美歌原曲】
風の又三郎 【杉原泰蔵作曲】

(全曲宮澤賢治作詩、中村節也編曲)
[キングインターナショナル KKC-087] 

詩人・童話作家として知られる宮澤賢治は、科学者・思想家・農村活動家であり、作曲家・作詞家でもあった。岩手県奥州市出身の福井敬は、日本のオペラ界で最も力強い声を持つ名テナーだが、その勇ましく端正で、情感を込めた濃いめの声が、こんなにも賢治の音楽と響き合っていることに驚かされた。

無類のクラシック音楽好きで花巻一のレコード・コレクターでもあった賢治は、ベートーヴェン、ドヴォルザーク、グノー、ウェーバーなどの名曲に自ら歌詞を付けていたが、それもここでは再現されている。
宮沢賢治研究家で作曲家でもある中村節也の編曲と解説は素晴らしく、賢治の精神をいっそう豊かに伝える。
「黒砂糖のように甘ったるい声で唄ってもいい」という賢治の言葉は、その独特な音楽観の表れでもあるだろう。

最後のトラックには「雨ニモ負ケズ」の福井敬による岩手言葉による朗読が収められているが、その親近感あふれる抑揚には目からうろこが落ちるような新鮮さがあった。「でくのぼう」ではなく「でーぐのぼ」だったとは……。賢治の文学を愛する人ならぜひとも手元に置いておきたい。

DISC 3

R・シュトラウスの全体像を二つのオーケストラの違いを感じながら聴く楽しみ

「リヒャルト・シュトラウス管弦楽作品集」

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団  ヨーヨー・マ(チェロ) ユジャ・ワン(ピアノ) オリヴィエ・ラトリー(オルガン)
[収録曲]
アルプス交響曲、交響詩《ドン・キホーテ》、交響詩《死と浄化》、家庭交響曲、交響詩《英雄の生涯》、交響詩《マクベス》、交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》 、交響的幻想曲《イタリアより》、交響詩《ドン・ファン》、楽劇《サロメ》から 7つのヴェールの踊り、メタモルフォーゼン、交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》、ばらの騎士 ―オーケストラのための演奏会用組曲、他
[ユニバーサルミュージック UCCG-45045/51]

ドイツ・ロマン派の最後に位置する作曲家リヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲は、いわば近代オーケストラ芸術の極点に達した作品群である。

その主要な名作を、オーケストラ界のリーダーの一人であるラトビア出身の指揮者アンドリス・ネルソンスが、自ら率いる二つのオーケストラとともに録音して7枚組にまとめ上げた。

フランスやロシア系の性格を有するボストン交響楽団、バッハやメンデルスゾーンの伝統を持つライプイツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、この大西洋をまたいだ両オーケストラは、定期的な音楽家どうしの交流や共同プロジェクトなどを通じて、近年密接なパートナーシップを結んでいる。そのどちらもが生前のシュトラウスとの交流を持っていたという。二つのオーケストラの違いを感じながら聴く楽しみは格別。

ネルソンスは、精緻で力強く、音色も鮮やかなこれらの演奏を通じて、この作曲家の全体像を雄弁に伝えてくれる。

なかでも1913年10月19日のウィーン・コンツェルトハウスのこけら落としのために作曲された「祝典前奏曲」は、大規模な編成を要することもあって滅多に演奏されない曲だが、二つのオーケストラの合同演奏にオルガンを加えた壮麗な響きと圧倒的高揚感が素晴らしく、この1曲が入っていることで、ボックスセット全体の印象がぐっと違って見えてくるほどだ。

林田直樹
林田直樹 音楽之友社社外メディアコーディネーター/音楽ジャーナリスト・評論家

1963年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバ...

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