読みもの
2022.06.28
「心の主役」を探せ! オペラ・キャラ別共感度ランキング

第1回《カルメン》〜自由が幸せとも限らない

音楽ライターの飯尾洋一さんが、現代の日本に生きる感覚から「登場人物の中で誰に共感する/しない」を軸に名作オペラを紹介する新連載。第1回は超名作《カルメン》の主要登場人物の4人を取り上げます。なかなかに癖の強い登場人物が多いオペラの中から、共感度⭐︎5キャラは現れるのか!?

飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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オペラの登場人物から「心の主役」を探せ!

オペラには音楽があってドラマがある。もちろん優先されるのは音楽だ。なぜならオペラとは本質的には声の芸術だから。

しかし、そうわかっているにもかかわらず、オペラを観るたびにどうしても気になるのは登場人物のキャラクターだ。いったい自分はどの人物に共感してこの作品を観るべきなのか。自分なりの「心の主役」というものが、作品ごとにあるはず。もっと踏み込んでいえば、その物語世界のなかで、だれになりたいか。いつもそんなことを考えながら舞台を観ている。

そこでこの連載では主要な名作オペラについて、いったいどの登場人物なら共感できるのか、その人の人生を体験してみたいのかを探ってみたいと思う。 

第1回はビゼーの《カルメン》。オペラ界のチャンピオンとも言える名作だ。

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オペラ《カルメン》あらすじ

《カルメン》でストーリーの軸となるのは三角関係だ。

舞台はスペインのセビリア。タバコ工場の女工であるジプシーのカルメンはケンカ騒ぎで捕まえられる。護送を命じられたのは竜騎兵ドン・ホセ。ホセはカルメンに誘惑されて彼女を逃がしてしまう。

カルメンを追ってホセは仕事を捨て、密輸団の一味に加わる。だが、カルメンの心はホセから離れ、闘牛士エスカミーリョに移っていた。カルメンのもとにやってきたエスカミーリョとホセは決闘騒ぎを起こす。しかし、ホセの許嫁ミカエラがホセに母の危篤を伝え、いったんホセはその場を去る。

カルメンは新しい恋人エスカミーリョに招かれて闘牛場にやってくる。そこに待ち伏せていたのがホセ。ホセはカルメンに復縁を迫るが、カルメンはホセを拒み、自由に生まれ自由に死ぬと言い放つ。ホセはカルメンを刺し、その亡骸を抱きかかえる。

発表! 《カルメン》のキャラクター別 共感度

ドン・ホセ 共感度 ★★☆☆☆

男性視点の主人公はホセ。マジメな仕事人間だったのにカルメンに誘惑されて道を踏み外す。田舎にはミカエラという気立てのよい娘が待っているというのに、カルメンのおかげで破滅に向かって一直線。最後はプライドをかなぐり捨ててカルメンにすがり、衝動のあまり凶行に至る。

「花の歌」などビゼーが付けた音楽があまりに美しいので忘れがちだが、ホセはマッチョな世界で生きている。女のために仕事も故郷も捨てて人生をリセットするという男のロマンを追いかけてはみたものの、待っていたのは悪党としての殺伐とした暮らし。終場の姿は恐ろしいストーカーそのもの。彼が真の愛情を示す対象は、カルメンやミカエラではなく、故郷の母親だ。

メリメの原作ではホセは社会から疎外された人物として描かれているのだが、ビゼーのオペラではそのあたりの要素が希薄なため、同情しづらい。

カルメンへの愛を涙ながらに歌うホセのアリア「おまえの投げたこの花を(花の歌)」

カルメン 共感度 ★★☆☆☆

男たちが次から次へと言い寄ってくるというのはどんな気分なのだろう。想像もつかないが、ある種の権力を手にしたような気分になるのだろうか。

カルメンは自由奔放な女。自分の原則に従って生きているという意味ではたしかに自由なのだろう。一方で密輸団の一味として男たちに使われる立場はあまり自由には見えない。最後にホセから逃げて、無事にエスカミーリョのもとに帰ったとしても、そこにいつまで留まれるものか。またタバコ工場の女工に戻って、だれかを誘惑するのだろうか。でも、いつまでそんな暮らしを?  時が流れるにつれて「自由」が「呪い」になりそうな気がする。

カルメンの登場シーン。自分の気まぐれな恋愛観を披露する「恋は野の鳥(ハバネラ)」

《カルメン》初演の1875年、風刺雑誌「ジュルナル・アミュザン」の表紙になったカルメン(の風刺画)。

エスカミーリョ 共感度 ★☆☆☆☆

エスカミーリョがスター闘牛士ではなく、サッカーやバスケットボールのスター選手だったら、彼のポジションは悪くない。富と名声を手にすることができる。だが、闘牛士なのだ。命がけの競技であることもさることながら、娯楽を提供するために牛と闘うという点で感情移入できない。牛は戦うよりも、むしろ育てたい対象だ。どちらかといえば畜産をしたい。牛を屠ることがあるとすれば、それは食べるため。「ドナドナ」と口ずさみながら厳粛な気持ちで出荷したい。

エスカミーリョが闘牛士の危険さ、誇りとモテ自慢を歌う「闘牛士の歌」

18世紀にムレータ(赤い布)を使った闘牛を完成させ、引退までに5,558頭の牛を相手にしたと言われる伝説の闘牛士ペドロ・ロメロを描いた絵。こんなに大きな牛、できれば人生で一度たりとも出会いたくありません。

ミカエラ 共感度 ★★★★☆

このオペラを観るたびに感じるのは、ミカエラへの不信感だ。設定上、ミカエラはホセの幼なじみの許嫁であり、カルメンとは対照的な純真な少女のはず。にもかかわらず、ミカエラには人を「イラッ」とさせるなにかがある。あるときその不信感の源に気づいたのだが、ホセの母の様子は常にミカエラを通してしか伝えられない。母の危篤は本当なのだろうか。なぜ彼女は都合よく密輸団の居場所に単身で乗り込んでこられるのか。

おそらくカルメン以上にホセを巧みに操っているのがミカエラ。ミカエラの視点から見ると、この物語にはまったく別の真実が隠れているのではないかと疑っている。もし「カルメン」の世界を生きるなら、ミカエラになって、その真実と彼女の内面世界を探ってみたい。

密輸団のアジトに現れたミカエラが、自らを鼓舞するアリア「何を恐れることがありましょうか」

プリュダン=ルイ・ルレによる《カルメン》初演時のポスター。描かれているのは最終場面。エスカミーリョの登場に盛り上がる闘牛場の外で、カルメンを刺し殺してしまったドン・ホセ。
飯尾洋一
飯尾洋一 音楽ライター・編集者

音楽ジャーナリスト。都内在住。著書に『はじめてのクラシック マンガで教養』[監修・執筆](朝日新聞出版)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『R40のクラシッ...

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