ベートーヴェンのボンでの青春時代——「歓喜に寄せて」との出会い・ウィーンへの旅立ち
笑顔や涙まで見えてくるようなベートーヴェンの生涯を描いた新井鷗子さんの著書『音楽家ものがたり ベートーヴェン: 心の楽譜にえがく希望のメロディ 』。物語の中から若かりしボン時代のエピソード2つを、ベートーヴェン生誕250年をお祝い中のONTOMOに特別掲載。ベートーヴェンの青春時代に思いを馳せてみましょう。
東京都出身。東京藝術大学楽理科および作曲科卒業。クラシックコンサート、テレビの音楽番組の構成・監修を手がける。1998年NHK音楽教育番組「わがままオーケストラ」の構...
楽しい学生生活
ボンの選帝侯マクシミリアンは、とても進歩的な考えをもっていました。この町に初めて大学をつくり、それまで大学には高い身分の人しか入学できませんでしたが、勉強したい若者は貴族でも庶民でも学ぶことができるようにしたのです。
ベートーヴェンは18歳の春、ボン大学に通い始めます。哲学、文学、芸術の歴史を学び、医学や自然科学の授業をのぞいたり、読書会に参加して仲間たちと意見をたたかわせたりしました。
学生たちのたまり場は、本屋と飲食店が一緒になったブック・カフェ。むずかしい話からくだらない話まで、友だちとのおしゃべりは本当に楽しいものでした。
そのころ学生たちを夢中にさせたのは「啓もう思想」といって、王さまやキリスト教の支配からのがれて、人間の頭脳によって世界を理解していこうという新しい考え方でした。
1789年、ちょうどベートーヴェンが大学に入って2か月後の7月14日、パリでフランス革命が起きます。自由を求めて市民たちが立ち上がり、王さまや教会を倒そうとしたのです。このニュースがボンに届くと「自由と平等」についての特別授業が大学で行われ、学生たちがいっせいにつめかけました。授業を聞いたベートーヴェンの胸は、熱い感動と興奮につつまれました。
フランス革命に盛り上がるなかで、ベートーヴェンはひとつの詩と出会います。ドイツの若き詩人シラー(1759~1805)が書いた「歓喜に寄せて」です。
だきあおう 何百万の人々よ!
この口づけを 全世界に!
仲間たちよ、あの星空のかなたに
深い愛にあふれた父(ここでは神のこと)が 絶対いるにちがいない
このときベートーヴェンは、「歓喜に寄せて」の詩にいつか作曲する! と心にちかいました。
ふるさとよ、さようなら
ベートーヴェン21歳の夏、作曲家のハイドン(1732~1809)がボンをおとずれました。60歳のハイドンはヨーロッパ中で有名で、このときはロンドンでコンサートをしてウィーンに戻る途中でした。
「ハイドン大先生、ようこそ!」
ボンの宮廷のオーケストラは歓迎のコンサートを開きました。
「これはチャンスだ! ハイドン先生にぼくの書いた曲を見てもらおう!」
ベートーヴェンはハイドンのところへ飛んで行きました。
ハイドンはじっとだまって、楽譜に目を通しています。そしてふと目を上げると、言いました。
「きみはすばらしい才能の持ち主だ。ぜひウィーンに勉強にいらっしゃい。わしが直接、マクシミリアン殿下に頼んであげよう。」
ハイドンのおかげで話はとんとん拍子に進み、ベートーヴェンは1年間の休みをもらって、ウィーンに留学することとなったのです。
「今度こそウィーンで本格的に音楽の勉強ができる!」
ベートーヴェンは、心も体も、5年前にウィーンに行ったときよりずっと成長していましたから、今こそグッド・タイミングだと感じました。
ウィーンに旅立つベートーヴェンのために、宮廷の音楽仲間や大学の友だち、ブロイニング家の人々が何度も何度も送別会を開いてくれました。
「ぼくたちの友情は永遠だよ!」
「わたしのこと忘れないでね。」
「体に気をつけて、手紙を書いてね。」
「立派な作曲家になるんだぞ!」
みんなが寄せ書きしてくれたノート。ベートーヴェンは生涯それを大切に持っていたといいます。
寄せ書きのなかに、こんな言葉がありました。
きみは今ウィーンに旅立とうとしている。長年の夢をかなえるために。神さまはモーツァルトの死を悲しんでいるが、次の音楽家を探している。きみはハイドンの手をつうじてモーツァルトの心をうけとってくるのだ。
きみの真の友 ワルトシュタイン
そしてベートーヴェンの初恋の人からも。
わたしたちの友情が、夕陽にのびる影のように長く育っていきますように。人生の陽が沈むときまで。
エレオノーレ・ブロイニング
22歳を目前にした11月2日の朝、ベートーヴェンは故郷をあとにウィーンへと向かいました。そして、二度とボンに帰ることはありませんでした。
ONTOMOではベートーヴェンの生涯を「曲」で追っています
第1夜「乙女を描く」
第6夜「嬰子に寄せて」
第10夜「クラヴィーア四重奏曲ニ長調」
第11夜「ロマンツェ・カンタービレ」
第12夜「三重奏曲卜長調」
第13夜「プードルの死に寄せる悲歌」
第14夜「リギーニのアリエッタ〈愛よ来たれ〉による24の変奏曲」
第15夜「ヴァイオリン協奏曲 ハ長調」
第16夜「ピアノ・ソナタヘ長調」
第18夜「ヴァルトシュタイン伯爵の主題による4手のための8つの変奏曲」
第20夜「アリア《キスの試練》」
第21夜「アリア《娘たちと仲良く》」
第22夜「ミンナに」
第24夜「歌曲《嘆き》」
第27夜「8つの歌曲(リート)第1曲《ウリアンの世界旅行》」
第32夜「バレエ音楽《騎士バレエ》」
第34夜「ポンス(パンチ)の歌」
第36夜「ひとりごと」
第37夜「モーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》のアリア〈もし伯爵様が踊るなら〉による12の変奏曲」
第39夜「ラウラに」
第40夜「自由な男」
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